人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【寄稿】ILC誘致に見る岩手県と研究機関とのいびつな関係(下)千坂げんぽう(一関市萩荘、僧侶)

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tanko 2023-11-10 6:20
【ILC誘致は、はかない夢に過ぎない】
 一部の研究者は、世界の素粒子研究者たちに向け、北上山地にILC誘致が可能であるかのような言動を繰り返している。経済人や文化人らを寄せ集めた「ILC100人委員会」を結成させるなど、通常の大型科学技術施設を決めるシステム以外の方法で、実現を勝ち取ろうとしている。
 しかしそのやり方は、できもしない「地震予知」をできるかのような振る舞い、毎年100億円以上の関連予算を獲得している地震予知研究者の姿と二重写しに見える。
 東日本大震災など度重なる大地震を受け、地震予知はできないことが明確となっている。以前から地震予知はできないと主張している元東京大学教授のロバート・グラー博士は、著書『日本人は知らない「地震予知」の正体』(2011年8月、双葉社)の中で次のように述べている。
 「残念ながら地震予知はかなわぬ夢だ。地震予知というはかない幻影に、これ以上希望を託すのはやめようではないか。東日本大震災を経験した日本人は、今こそ現実に目を向けなければならない」
 ロバート博士の言う、はかない夢「地震予知」は、はかない夢「ILC誘致」と読みかえることができる。もはやILC誘致は、はかない夢に過ぎないのだ。

【国際科学都市ができるという「はかない夢」を子どもたちに教えるべきでない】
 日本における科学技術予算の貧弱さは、データ科学における人材不足も招いている。そのため海外から人材を求めようとすると、世界的な人材獲得競争に巻き込まれる。医療データ分野で海外の人材を求めようとした東京医科歯科大学の宮野悟特任教授は、月刊誌『選択』の本年8月号で次のように述べていた。
 「この間、海外の女性研究者4人に招聘を打診したが年俸1500万円では、『ワーキングプア(働く貧困者)』だと、けんもほろろに断られた。最近の円安はかなりの痛手だ」
 日本の国力の低下をまざまざと思い知らされる。
 誘致関係者らは、ILCが稼働した当初は20人レベルの研究者で始まるが、本格稼働すれば100人以上の科学者が集まり国際科学都市ができるとアピールする。過疎が進む一関市、奥州市の中山間地の人々に、はかない夢をまき散らしている。同じことを出前授業などで子どもたちにも吹聴しているのは誠に許し難い。
 ILC計画について検討した日本学術会議の所見回答(報告書)でも、オンラインなどを活用するリモート勤務の時代なので、たとえILCができたとしても科学者が施設の近くに住む必要がないと指摘している。国際科学都市ができないことはもちろん、ILC誘致自体が絶望的だと思う。子どもたちに虚偽的ではかない夢を教え込む出前授業は、私は罪深い取り組みだと感じる。
 科学技術に関する人材確保の面では、中国が抜きんでていることを知るべきである。2019年に開催された全国人民代表大会(全人代)の記者会見で、科学技術相は「基礎研究は科学技術革新の源であり、十分に重視する必要がある」と強調した。そのような中国の政策でできた一つが2016年、貴州省に設置された直径500mの世界最大の開口球面電波望遠鏡「天眼」である。
 このように先端科学に挑み費用を惜しまない中国の政策は、海外ハイレベル人材招致計画(通称・千人計画)に示されている。この対象に選ばれたのが、宇宙核物理で世界的な成果を挙げている国立天文台の梶野敏貴特任教授だ。2016年10月、北京航空航天大学に新設の「ビッグバン宇宙論・元素起源国際研究センター」の初代所長に就任し、翌年には北京航空航天大学の特別教授として招かれた。
 梶野氏は日本の教授職と兼務できる中国の研究環境を高く評価している。すぐに人を集められ予算も潤沢。日本より研究がやりやすい。政治体制から受ける印象とは違い、研究者は自由に世界を行き来しており、中国の勢いや可能性を感じるという。毎日新聞の取材に、そのような趣旨の話をしている。
 このような基礎科学への向き合い方を考えるならば、世界的水準の給料を出すことができない日本に100人以上の科学者を招聘するなどというILC計画は、はなかい夢に過ぎないことが分かる。
 いくら素粒子物理学の先端研究に没頭する専門家であっても、研究者を巡る待遇の日本と他国との違いを知らないわけがない。その上で「国際科学都市ができる」と語るというのは、「岩手県民の大部分は、このような事実を知るはずもなく、こちらの話をそのまま信じるだろう」と、高をくくっているようにさえ感じる。
 私たち岩手県人は、いつまでも惑わされ続けてはいけないのではないか。ロバート博士が地震予知で語った「東日本大震災を経験した日本人は、今こそ現実に目を向けなければならない」という言葉そのまま引用するなら、「ILC誘致は実現しないという現実に目を向けなければならない」と言いたい。
 先日、国立天文台水沢VLBI観測所が他国の天文台と協力し合い、ブラックホール研究に関する最新成果を発表した。世界的に注目を集める快挙を打ち出している水沢の観測所でさえ、働く身分が不安定な研究者がいるという問題も存在している。
 人件費も含め、県が行う毎年約3億円以上にものぼるILC誘致の関連予算。その支出をもっと有効な形に活用できるよう努めるべきではないか。

※千坂氏の名前の漢字表記は、山へんに「諺」のつくりで「げん」、峰で「ぽう」
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