人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【寄稿】ILC誘致に見る岩手県と研究機関とのいびつな関係(中)千坂げんぽう(一関市萩荘、僧侶)

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tanko 2023-11-3 14:30
 【科学リテラシーを持とう】
 現在、日本と欧米各国は財政難で、基礎的研究の実験施設であるILCに予算を付ける余裕はない。
 米国では1980年代に計画された素粒子加速器「SSC(超電導超大型加速器)」が、あまりにも経費がかかり過ぎ、建設開始後に中止に追いやられた過去がある。高エネルギー天体物理学などを専門とする戸谷友則氏は著書『宇宙の「果て」になにがあるのか』(2018年8月、講談社)で、SSCを引き合いに出し「あまりにも巨大化した加速器による素粒子研究が、人類の限界に突き当たったと言える」と警告を発している。
 今年6月の東北ILC推進協議会が主催した講演会では、昨年に続き講師を務めた東京大学の横山広美教授(科学技術社会論)が、社会的観点からも巨大プロジェクトの推進は、決して容易ではない旨を話している。日本の科学全体が発展してほしい時に、ILCのような巨大プロジェクト単体に多大な経費をかけるのではなく、多くの分野に配分したほうが良いことは明らかである。
 また、20kmのトンネルで実験を始めようとしている現計画では、巨費を投じる意義と価値は失われている。現計画はヒッグス粒子のクリーンな捕捉を目的にしているというが、すでに欧州原子核機構(CERN)でヒッグス粒子の存在がほぼ確認されている。次に課題になるのは、宇宙の23%を占めるとされる暗黒物質(ダークマター)に関する新粒子の発見である。ところがILCでこの新粒子を発見するには、50km以上のトンネルが必要と考えられる。このことから、ILC誘致によって20kmのトンネルが建設されたとしたら、なし崩し的に50kmまでの延長を言い出すことになるだろう。
 つまり、巨大な経費に見合う新粒子発見が期待できない“20kmILC”は、それを誘致する理由をほとんど失っている。しかしながら、いきなり“50kmILC”の誘致を言い出せば実現が遠のくというジレンマを抱えているのだ。
 宇宙誕生の謎を解明するための研究は現在、加速器による新粒子発見だけではなく、重力波検出など多方面にわたっている。2015年、米国の重力波検出器「LIGO」が、太陽質量の30倍もあるブラックホール二つが合体した際に生じる重力波を検出した。日本でも岐阜県にある「スーパーカミオカンデ」で、重力波を捉えようと計画しているが、この施設の建設費は100億円台だった。
 私は文系の研究者で、物理は高校で学んだだけだが、ILC誘致推進者でもある素粒子物理学者の村山斉氏らの著書を読んで、少しでも科学研究の現在を知ろうと努めてきた。間もなく80歳を迎えようとする高齢者だが、一部の研究者や誘致団体による都合のよい主張をうのみにしない力を持てたと思う。
 誘致関係者の好都合な話と、それを一方的に伝えている一部報道の情報のみを受け止めるのではなく、多くの県民の皆さんには科学リテラシー(読み解く力)を身につけてほしいと願っている。

 【県立大学は素粒子物理学者の雇用の場ではない】
 岩手県は巨大プロジェクト誘致のため、素粒子物理学者らを県立大学の重要ポストに置いている。誘致を推進する研究者にとって、俗にいう「おいしい存在」になってはいないだろうか。
 理工学部がない県立大に彼らを雇い続けるのは、奇妙と言わざるを得ない。私は、もはや巨大プロジェクト誘致は全く見込みがない状況だと思っている。彼らを雇い続けることは、本県の税金を無駄に使っていることにならないか。県は速やかに改めるべきである。
 2004年から始まった大学への運営費交付金減額政策により、大学では講座を維持するために研究機関などに属する研究員を研究所と兼任できる特任教授とし、あるいは定年退職した教授を特任教授として雇い入れている。若手研究者は5年の任期付きとして雇用されるなど、落ち着いて研究ができる環境が大学から失われつつある。
 このように、大学で専任教授職に就くことは大変厳しいのだ。ILC関係者の雇用にとどまらず、10月8日付の河北新報では、県立大理事長に就任した副知事経験者の報酬アップを巡り波紋を呼んでいると報じている。この件も含め、県立大運営に対する県の姿勢が、大きく問われていると感じる。

※千坂氏の名前の漢字表記は、山へんに諺のつくりで「げん」、峰で「ぽう」
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