人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)
投稿者 : 
tanko 2024-1-19 9:00

写真=左は2017年4月に観測したBHの画像(2019年4月公開)。右は2018年4月に観測し、今回公開されたBHの画像。光子リングの明るい領域が1年後に右へずれている (C)EHT Collaboration

 「人類が初めて目にしたブラックホール(BH)」として2019年4月に公開された巨大BHの1年後の姿が日本時間の18日、世界で同時公開された。国立天文台水沢VLBI観測所の本間希樹所長らが所属する国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」による成果。BHの影の周りに輝く「光子リング」で、特に明るい部分の位置に変化が見られた。超高温のプラズマガスが、BHに吸い込まれていく様子を知るヒントになるという。今回の研究論文は、欧州の天文学専門誌「アストロノミー・アンド・アストロフィジクス」に掲載された。
(児玉直人)

 観測対象になった巨大BHは、おとめ座が見える方向にある「M87銀河」の中心部に存在。地球から約5500万光年(1光年=約9.5兆km)の距離に位置する。
 EHTは2017年4月、南北アメリカ大陸、ハワイ、スペインに点在する5カ所7台の電波望遠鏡を使い、M87の巨大BHを観測。複数の望遠鏡を連動させ、一つの天体を観測する超長基線電波干渉法(VLBI)で、高視力かつ高精度の観測を実施した。
 観測から2年後の2019年4月に画像を公開。BHの存在を示す黒い影と、ドーナツ状に輝く光子リングの姿は、「人類が初めて目にしたBHの姿」として話題となった。
 2017年4月の観測後、日本や台湾、アメリカの研究者たちは、グリーンランドのアメリカ宇宙軍・ピトフィク基地に、直径12mの電波望遠鏡を新設。EHTはこれを活用し、6カ所8台の体制で2018年4月、M87の巨大BHを再び観測した。
 最初の観測結果の信ぴょう性を証明するとともに、1年間でどのような変化が見られるか検証を進めるのが主な目的。解析の結果、光子リングの大きさはほとんど変わらなかったが、リングの中で特に明るくなっている領域が、1年前より少し右側に動いていた。
 本間所長は「BHの重さは、光子リングの直径から導くことができる。1年後、あらためて観測しても大きさに変化がないということは、そこに同じBHが存在していることになる」と説明。一方、リングの明るさの位置については「BHの周囲にあるプラズマガスの濃淡によって、リングに明るい場所と暗い場所が生じる。1年で場所が変わっているとすれば、プラズマガスが回転しながらBHに吸い込まれている様子を示唆している可能性が高い」とみる。
 今回の研究には本間所長のほか、同観測所で活動する天文学者も多数関わっている。特にグリーンランドへの電波望遠鏡設置には、新潟大学の小山翔子助教、二戸市出身で八戸高専の中村雅徳教諭のように、女性研究者や本県出身者の活躍もあった。
 光さえ吸い込むと言われているBHだが、その性質や構造、起きている現象はあくまで推測の域を脱しなかった。EHTの地道な研究により、少しずつ謎が解き明かされている。
 本間所長は「今後はEHTの観測網に、韓国の電波望遠鏡も加わる予定。電波望遠鏡を載せた人工衛星を飛ばし、宇宙空間からの観測を加えた計画もある。水沢観測所の電波望遠鏡は、波長や性能の面でEHTを構成する電波望遠鏡に加えられないが、BHから噴き出すジェットの研究では、東アジアの電波望遠鏡群と連動した観測に活用している。BHの理解を深めるには、関連装置やネットワークを拡充しつつ、継続的な観測によって動画作成をしていくことが重要になる」と話している。
投稿者 : 
tanko 2024-1-13 14:10
 北上山地が有力候補地とされている素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の推進計画が、本県の一般市民に知られるようになり、今年で15年。4月から高エネルギー加速器研究機構(KEK)=茨城県つくば市=の機構長に就任する浅井祥仁氏が、胆江日日新聞社の単独取材に応じ、ILC計画の現状や今後の進め方などについて語った。浅井氏は、素粒子物理学者が経験したことのない「グローバル計画」という新たな仕組みを構築しなければ、ILCは到底実現できないと強調。そのための活動を鋭意進めているとし、向き合っている課題について説明した。
(児玉直人、昨年11月25日・東京大学本郷キャンパスで)



 (あさい・しょうじ) 1967年、石川県能美市(旧寺井町)生まれ。金沢大学付属高校時代は惑星観察に夢中。天文学者を夢見て東京大学に入るも素粒子物理に転向し、同大学大学院理学系研究科博士課程を修了。専門は素粒子実験。CERNのLHCを用いてヒッグス粒子を研究する国際チーム「アトラス」では、物理解析責任者として日本人研究者110人をまとめた。現在は同大学教授、同大学素粒子物理国際研究センター長。56歳。


“国際”とはいえ、9割が立地国負担(従前の事業構図)
 素粒子物理における今までの国際プロジェクトは、一国が建設を決定してきた。その国が8、9割の費用や人的な負担を背負う方式で、残りの1割程度を他の国が“お手伝いする”という形だった。事故の発生や実験の遅延が起きた場合の費用的な負担も、基本的にその国が負担する。
 スイスの欧州合同原子核研究所(CERN)が運営している円形加速器「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」を例にすると、1994年にCERN理事会が「われわれはLHCをつくる」と宣言した。しかし資金が足りないので、自分たちで用意できる範囲の資金で実施できる内容で実験を始めると提案。本来目標よりも半分の衝突エネルギーが得られる装置を作り、その後お金がたまったら装置を増やしてエネルギーアップを図る考えだった。
 幸いにして日本やアメリカが資金協力をしてくれたので、本来目標の実験を最初からできた。とはいえ、日米は運営に参加しておらず、オブザーバーとして必要な時に意見を言わせてもらうだけ。われわれの分野は国際化が進んでいるとは言うものの、基本的にはこのような構造になっている。
 ILC計画では、費用も含め多くの部分を海外に期待しているようだが、こうした従前のやり方では到底実現は無理な話だ。


応分負担を求めるグローバル計画に
 そこで私たちは「グローバル計画」という、全く新しい方法を提案しており、まさにその準備作業を進めているところだ。海外に大きな負担をしてもらう代わりに、意思決定や運営にも共同で参画してもらう。
 興味を持ってもらっている国や研究所など、いわゆるパートナーが議論し、実験施設建設の是非自体も決めていく。「どこ国のどの場所につくるか」「費用分担や人的負担の枠組みは」「実験終了後の解体費用はどうするか」などもパートナー協議となる。運営についてもパートナーが共同で行う。
 このようなグローバル計画という仕組みは、電波望遠鏡観測網「スクエア・キロメートル・アレイ(SKA)」や国際熱核融合実験炉(ITER)で既にやっている。
 われわれ素粒子物理の分野でグローバル計画は未経験なので、2021(令和3)年から推進体制の見直しを図っている。「こういう風に進めよう」という台本作りも、今まさに行っている。研究者だけで進めると、制約のない話に膨らんでしてしまいがちなので、政府レベルの方針も台本に反映していくことが大事になる。一部の新興国を除き、グローバル計画という考え方は、ILCに限らず全ての次世代大型加速器計画に適用できるだろう。


ILCの問題点1「建設方法を巡る認識に相違あり」
 こうした話を踏まえ、ILC計画の進め方を巡るこれまでの問題点を整理したい。
 1点目は、どういう方法で建設するかの認識に、海外と日本とで相違があった点だ。
 冒頭で紹介したように、海外の政府は今までと同じ手法であるという認識を持っている。「日本に造るのであれば、日本が大きな負担をすべきだ。日本が造ると言わない限り、われわれは手伝えない」という発想だ。
 一方、日本政府は「ILCは『グローバル計画』だから、責任の取り方も含め、関係国で議論しなくてはいけない」という考えだ。文部科学省のILC有識者会議が昨年2月に示した議論のまとめで、サイト(建設地)と、技術開発に関する事柄は切り離すべきだという指摘があったのは、グローバル計画で行うのだから、場所を決めること自体も関係国との協議で決めるべきなので、切り離して考えるのが筋ではないかという見解だ。
 この切り離しについて「ILCが後退する」という指摘もあったが、日本の研究者はもともと、グローバル計画で進めようとILC計画に手を挙げた。そこにきっちり立ち返ろう――というのが、有識者会議の「まとめ」にある指摘だった。
 ILCはドイツとアメリカ、日本の素粒子物理学者らで検討され、2004年ぐらいから「みんなで議論して造ろう」という形になった。当初からグローバル計画という認識だったが、時間経過で解釈の違いが生じてしまった。
 ILCのように研究現場から提案された事業を、グローバルな形で推進するのは、素粒子物理分野では新しい挑戦。日本がリードできるチャンスでもある。非常に難しい外交交渉を伴うのも確かだが、それに挑戦することは大事なことだと思う。
 ILCは、ヒッグス粒子を詳細に調べる「ヒッグスファクトリー」と呼ばれる施設に当たる。われわれの分野では、それを世界に1カ所だけ造ろうという認識にあり、この点は合意が得られている。ILCのほか、CERNでは「FCC-ee」という周長90kmの円形加速器計画も、ヒッグスファクトリーの候補だ。
 グローバル計画でやるという合意自体、まだ得られているわけではない。ヨーロッパやアメリカが、この考え方をどれくらい受け入れてくれるか、今一生懸命話し合っている。関係国の政府や科学コミュニティーで「やっぱりグローバル計画としてやろう」という認識を確立した上で、初めて国際交渉ができる。
 中国がCEPCという巨大円形加速器を計画している。日本では懸念する見方もあるが、あまり強い影響はないと思っている。というのは、中国は日本やヨーロッパが造るのであれば、「自国でやる」という立場。もし中国でCEPCが造られても、日本を含む他の国がCEPCのプロジェクトに参加するかというと、現状、非常に難しいところがある。


ILCの問題点2「学術界に対する理解構築の不足」
 もう一つの問題点は、学術界の理解を得る取り組みの不足だ。
 私が代表を務めている「ILCジャパン」という組織を作った理由の一つに、素粒子物理のコミュニティー全体で責任を持って進めたいという考えがある。まずは原子核や宇宙線など、近隣分野の先生たちにお会いし「国際的な新しいルール作りから始めています」と理解を求めている。
 近隣分野の皆さんから「ちゃんとやっているね」とサポートしていただかない限り、学術界全体、特に遠い分野の先生方のところまで話が通じていかない。予算的なこともあり、全員がもろ手を挙げて賛成することは難しいが、新しい挑戦に対して応援をいただけるようにしなければいけない。


2030年着工は、うまく進んだ場合。この先が非常に困難
 私たちはILC着工までを3段階に分けて推進している。その資料がここにあるが、一部報道で「2030年着工予定」という部分が大騒ぎされてしまっている。この資料自体、だいぶ前からできているもので、2030年着工というのは、あくまで事がうまく進んだ場合の最も早い想定時期。文科省も「このスケジュール感は、研究者が考えているもの」と分かっていただいている。
 第1段階では国際的なネットワークによって技術開発の準備を行う組織「ILCテクノロジーネットワーク(ITN)」を設立した。昨年10月に世界21の国立研究所などが集まり、発足の会議を行ったが、現時点でアメリカが入っていない。アメリカでは12月7日、P5(素粒子物理学優先順位付け委員会)が素粒子物理の研究方針を発表している。これを受けた上での対応なので、アメリカはすぐに参加できない状況にある。
 アメリカのITN参加を待っている状況ではあるが、流れとして現在は第2段階に入っている。技術開発自体はあまり問題ないが、国際的な協議ができる環境の醸成が非常に難しい。日本が旗振り役となるべく努力している。
 第3段階は、いよいよわれわれだけの問題ではなくなる。先述のように、各国政府に「将来の大型加速器計画はグローバル計画でなければいけない」と共通認識を持ってもらう必要がある。
 とはいえ、これはその時の国際情勢にも左右される。新型コロナウイルスの影響は収まりつつあるが、そのつけが非常に大きい。ロシアのウクライナ侵攻が続く中で、イスラエルのガザ地区軍事作戦も起きた。これらは特定地域の影響だけで済む話ではないと思う。経済の安定や紛争の収束がないと厳しい。
 CERNのLHCが成功した本当の大きな理由は、ベルリンの壁の崩壊だと私は思っている。世界が一つになり、みんなで協力していこうという雰囲気になった。われわれのコミュニティーにとっても、あの出来事はともて大きかった。
 今の状況はそれと違う流れに進んでいる。何とかいい方向にいってほしい。米中対立だっていいことはない。
 こうした段階を踏んで、ようやくグローバル計画としてILCをやるのか、それとも別な計画をやるのかという各国協議になってくる。予算や建設地の負担割合などが議論される。そこでOKになりはじめて建設開始となる。
 繰り返しになるが、私たちが考えている一番早いシナリオでも、2030年ぐらいからしか建設できない。あくまでも早いシナリオで、第2段階だけでも2、3年の時間はかかる。国際協議は本当に難しいのだ。


建設地決定はまだ先の段階
 北上山地がILC建設候補地と言われているが、これは素粒子の研究者たちが考えたこと。粒子同士の衝突確率を上げるために究極まで絞った「ナノビーム」を安定的に衝突させるには、外部振動を受けにくい大きな花こう岩の地盤が欲しいということだった。
 政府がどのように場所選定の手順を踏むかは全く別の問題だ。建設場所に関する話は、第3段階の議論が始まるころに行われるだろう。つまり第3段階に進まない限り、場所をどこにするという話は、政府の中では「ない」ことになっている。
 さらに場所を決めるのは研究者ではなく、政府が立ち上げる有識者会議だ。有識者会議がどの場所を選ぶかは分からない。有識者会議の答申を受け、最終的には閣議決定され、初めて「どこどこに造ることを前提に、日本政府として誘致します」という話になる。研究者が場所についてとやかく言える立場ではなくなる。
 その際、ILCとその周辺についての話も出てくるはずだ。ILCのためだけに新しい街をつくるという発想は今の時代、難しい。
 茨城県つくば市を例にすると、50年かけて現在の姿に発展した。すぐにあのような形ができるわけではない。今度私が就任するKEKだけではなく、生命科学や農業、材料研究などいろんな分野の施設、そして大学もある。
 日本政府は現在、イノベーション・コモンズ(共創拠点)という施策を構想している。研究教育機関をベースに、さまざまな分野や人が融合し、新しい都市を創造していくような考え方だ。
 そこで極めて重要になるのは、他の国がこうした構想を受け入れてくれるかどうかだ。最初に述べた「ILCはグローバル計画で行いたい」という点に関係する。日本や地域がどんなに「こうします」と思っていても、最終的には他の国との協議で決まること。建設場所自体、グローバルな協議の場で決定される。受け入れ環境についても「研究者子弟の教育環境サポートはしっかりしているか」などといった話も重要な要素だ。


ILC巡る現状、北上山地周辺の皆さんも理解を
 グローバル計画という仕組みづくりのため、研究者がきちんと進めている現状を、“候補地”となっている北上山地周辺の皆さんにも、十分理解していただきたい。
 地元の方々の協力はありがたく必要なものだが、注意していただきたいのは、あくまでも「国際的学術プロジェクト」だということ。従来の地方で策定されているような計画、その考え方や進め方とは違う。日本政府が「やりたい!」と言えばできるものではないということも、地元の皆さんには理解してほしい。
 私たちとしても、ILCは造りたい。しかし「日本が造ります」と今の状態で言ってしまうと、日本がほとんど負担してしまう構図になる。海外は「10%ぐらいの負担だったら喜んで」となる。造りたいという思いが前面に出過ぎてしまうと、「じゃあ日本が造るんですね?」となる。これが今、ILC計画を巡る問題を非常に難しくしている。
 今は、グローバル計画で進めるための理解を各国に求めている。もちろん、その話を出すと「えっ?」というリアクションをされるのも確かだ。しかし、「グローバル計画でやろう」と、だいぶ前に決めたはず。何か初心を忘れてしまっているところがあると思う。
 前回の文科省有識者会議で言われたのはまさにその点で、はっきり問題を指摘してくれた。


子どもに対しては科学全般を伝えて
 普及面の話についてだが、お子さんたちが科学に興味を持ってもらうことはとてもいいこと。ただし「ILCが……」という形にはせず、素粒子や宇宙という一般的な知識への興味関心を誘う形にするのが大事。またそのような世界で、新しい技術や取り組みのため奮闘している研究者の姿にも触れてもらえたらうれしい。泥臭いかもしれないがそう思う。
 私自身、ヨーロッパでずっと研究をしてきた。向こうでは、たった1行の合意文を書くために、かなり膨大な労力を費やす。それがヨーロッパの歴史だ。最近は少し変化しているが、良くも悪くもいろんな歴史を経て、対話による最終的な合意を生むことができている。私にとってはカルチャーショックだったが、そのような土地で研究できたのは非常に幸せだったと思う。
 世の中は多面的で、その中で損得勘定していい方向にみんなで進む「折り合いを付けること」が大切だと思う。本来、日本人はそのようなことが得意だったはずだが、最近は少し心配な面もある。いい点、悪い点があるだろうし、各国のエゴが最終的にぶつかるかもしれないが、それを乗り越えていけるようにしなくてはいけないと思う。定常的に成長していけるシナリオを描けていくことが大事だろう。
投稿者 : 
tanko 2024-1-1 18:30
【2024年元旦号特集より】
 任期満了に伴い、今年3月で国立天文台長を退任する常田佐久氏(69)が、胆江日日新聞社の単独インタビューに応じた。水沢VLBI観測所の予算削減問題を巡っては、研究者だけでなく地元市民にも心配をかけとし「私たち執行部の丁寧な説明や現場への配慮が不足していた」と反省した。国際プロジェクト「TMT(30m望遠鏡)計画」では、建設に反対するハワイ島先住民との関係改善に尽力。地元と良好な関係を築くことの重要性を痛感したといい、「長年にわたり天文台を応援してくださる水沢の環境は、世界に誇れるものだ」と強調。奥州市民に敬意と感謝の思いを寄せた。(聞き手=児玉直人)


 つねた・さく 東京都文京区出身。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。太陽観測衛星「ようこう」「ひので」の開発、打ち上げに携わる。国立天文台教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所長などを経て、2018年から同天文台長。専門は太陽物理学。岐阜かかみがはら航空宇宙博物館=岐阜県各務原市=の館長も務めている。(画像提供=国立天文台)


――水沢の研究者らが携わったM87銀河のブラックホール(BH)撮影の公表から今春で5年を迎える
 複数のアンテナを電気的に結合して処理するVLBI(超長基線電波電波干渉計)の技術を使って実施した。
 国際研究チーム「EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)」は、かなり画期的な手法を用いた。BHを撮影するには、解像度を上げる必要がある。技術的に非常に困難な高周波数の領域で、できるだけアンテナの間隔を広げて地球規模の観測を行った。
 難しい技術で世界中の人たちと協力して実施したわけだが、どこかの政府に「やれ」と言われたわけではなく、研究者たちが相談して実行した。よく、ここまでやったと思う。

――BHの詳細は分からなくても、名称の認知度は高い。そういう意味で、広く国民の注目を集めやすい成果だったのではないか
 「BHが存在しているのは確かだ」と言われていても、それがどんなものかは誰も説明していなかった。今回はBH本体を見たわけではないが、「こうなっていますよ」と示すことができた。
 この成果は科学の世界だけでなく、国民の皆さんにも広く示した。日本の盛り上がりは海外でも同じように起きており、みんなで感動した。

――水沢VLBI観測所の名も広く知れ渡るようになり、地元の奥州市も盛り上がった
 非常にありがたいこと。(緯度観測所初代所長の)木村栄先生が発見した「Z項」にあやかったZホールやZアリーナ、Zバスなどがあると聞いている。科学に対する理解度が高い地域なのだろうと感じており、木村先生の功績はすごいなと思った。
 こうした地元の反応については、さらに深い意味があると認識している。
 国立天文台は、国際プロジェクト「TMT計画」に参加している。米国が主導する事業だが、建設地であるハワイ島の先住民との間にあつれきが生じた。問題解消のため、私も台長として相当のエネルギーを使った。
 TMTはハワイ島のマウナケアという山の頂上に建設する。この山はハワイの人たちにとって聖地なのだ。
 主導する米国の科学者たちは、本土に拠点を置いて事業を推進。この姿勢が先住民の皆さんの反感を買うことになった。「俺たちの大切な土地で何かやろうとしている」と。
 やはり「何をやっているのか」「どういう成果が出ているのか」をちゃんと周りの人に説明できないようでは、研究ができないと感じた。そこで「ハワイに集まってやろうよ」と私が先導する形で、米国本土の主力メンバーをハワイ島に移した。国立天文台から派遣していた職員も、ハワイに行ってもらった。
 だいぶ関係は良くなったが、そうなるまで5、6年かかった。5年というのは、研究者にとって非常に大きな期間で、大学院の在籍年数に当たる。「望遠鏡ができるだろう」と期待していた人が、5年もお預け状態になるのはかなりもったいない。建設や設計に携わっている人も作業が進まない。お金もかかる。つまり、地元やそこに暮らす人たちとの関係をおろそかにすると、いいことは全くないのだ。
 マウナケアの山頂には、もともと世界の天体望遠鏡が集まっており、私どもの「すばる望遠鏡」も設置されている。すばる望遠鏡を建設した時は、最初からハワイに研究者が住み、近所付き合いをしていたので、誰も文句を言わなかった。現地の人たちは、すばる望遠鏡の関係者に対しては笑顔で「コンニチハ」と言ってくれる。しかし、TMT関係者のほうを向くと「お前らは帰れ」という感じだった。多くの人が「最初のボタンの掛け違いが、ここまで問題を複雑にさせてしまった」と言っている。
 望遠鏡を造るために近所付き合いをするというのは、どこか露骨に見えるかもしれない。だが、人間同士がきっちり話をして進める基本動作をしなくてはいけない。
 最近、米国政府は「コミュニティー・アストロノミー」「シチズン・アストロノミー」という言葉を発している。誰にでも教育の機会、先端科学に触れる機会を提供する市民のための天文学という意味だ。近所付き合いにとどまらず、そこから飛躍して市民と科学の良好な関係を築こうとしている。
 こうしてみると、水沢の皆さんが天文台を応援する姿は、本当に涙が出るほどありがたい。難しい概念を言わなくても、木村先生が既にやられてきたことが受け継がれている。木村先生は極めて優れた学者であるが、それだけではなく地域との関係にも気を配っていた。100年先を見ていたのだろう。
 一つの理想的な関係が築かれており、水沢の研究者もかなり努力されている。それらも含め、水沢の好事例を日本全体やハワイのほうに、もっと広められたらと感じる。これは水沢の存在価値を高めることにもなる。

――2020年3月に水沢VLBI観測所の予算削減問題が明らかになった。市民からは心配の声も多く寄せられた
 国からの運営交付金が低落傾向にあり、いろいろな部分が予算削減の対象になっていた。「削減するのはしょうがない」という面があったにせよ、それだけでは責任を果たしたことにはならない。ちゃんと影響を受ける人たちに丁寧な説明をし、理解を得て最善策を考えなくてはいけなかった。そのプロセス(手順)がおろそかになった。私や当時の執行部が反省すべき事項だ。
 先ほど、市民とのコミュニケーションが大切だという話をしたが、天文台内部の対話が十分できていなかった。本間希樹所長や奥州市民の皆さんにはご迷惑をおかけした。
 来年度、台長に就任する土居守さん(東京大学・天文学教育研究センター長)は、より一層、全員一致で進めていくと期待している。

――市民から観測所の存続を願う署名運動もあった。熱意を感じたか
 署名運動が起き、国会議員の先生方にも応援いただいた。あの時は岡山や石垣島、鹿児島など、国立天文台の施設がある他の地域からも「大丈夫か」との声が寄せられた。地元の理解あっての天文台、天文学研究なので、こうした応援をいただいたことは大変ありがたい。
 署名運動の動きを受け、この熱意に見合う研究成果を出さなくてはいけないという責任を感じた。「応援があるから大丈夫」と甘んじることなく、しっかり成果を出していきたい。

――土居新台長に引き継がれる中、今後の国立天文台はどうあってほしいか
 先日、国立科学博物館がクラウドファンディング(CF、資金調達)で9億円を集め話題となったが、地方にある水沢観測所も同じ手法で3000万円を集めたのは、まさに快挙。よほど強い支持があったと感じている。
 皆さんが汗水流して得たお金をいただいたことになるわけだが、一方でCFだけに頼っていいわけではない。新装置導入など、一時的な資金確保ならよいが、定常的に必要なお金をCFで確保するのは、むしろ危険だと考える。基本的に国の予算支援を確保していかないといけない。「明日、どうなるか分からない」という状況では、安心して研究できない。
 では、どうしたら予算を確保できるか。他分野でもそうだが、つい自分たちの研究の重要性や成果だけを強調し、予算を要求しがちだ。だが私は、これはあまり効果がないと考える。天文学研究における意義、価値を国民目線で説明し、理解してもらうプロセスが大事ではないか。

 ――BH撮影の成果が発表されて以来、観測所を見学に訪れる人が増えている。研究施設を地域振興や観光に生かすことについて、どう感じているか
 岡山天文博物館(旧・岡山天体物理観測所)は、倉敷市に隣接する浅口市にある。「倉敷に来る観光客の1%でもいいから来てほしい」という声もある。天文台のドーム内でコンサートや結婚式を行うなど、いろいろ工夫しているようだ。水沢VLBI観測所が運用する電波望遠鏡「VERA」の石垣局がある沖縄県石垣市は、星空がきれい。市長は「天文台はわが市の観光にもっと協力してくれ」と言っている。
 私どもも運用している「アルマ望遠鏡」がある南米のチリでは、国全体でアストロツーリズム(天文観光)に力を入れている。チリ北部には、世界主要国が関係する数多くの天文台がある。星がきれいに見えて砂漠の景色の雰囲気も良いので、世界中から観光客が訪れるという。チリ政府は、天文学を使って観光をやっていこうとなっているようだ。
 水沢は近くの平泉に来た観光客が素通りしていくとのことだが、これだけ天文台への熱意を示してくれている地域。大いに天文台を活用し、地域のためになるようなことをやっていただきたい。水沢の取り組みが、モデルケースになってほしいと願っている。

当ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は胆江日日新聞社に帰属します。
〒023-0042 岩手県奥州市水沢柳町8 TEL:0197-24-2244 FAX:0197-24-1281

ページの先頭へ移動