人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【寄稿】ILC誘致に見る岩手県と研究機関とのいびつな関係(上) 千坂げんぽう(一関市萩荘、僧侶)

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tanko 2023-10-27 18:20
 【東北大学を「卓越大学」の候補に認定】
 文部科学省は9月1日、世界最高レベルの研究力の獲得・育成を目指す「国際卓越研究大学」に東北大学を候補とし、認定を目指すと発表した。来年に正式認定されると、政府が設立した10兆円規模の大学ファンド(基金)の運用益から支援を受けられることになる。卒業生の私としては誇らしく、喜びを感じる。
 しかし、喜んでばかりもいられない現状がある。国は財政難から、大学の運営費交付金をこの20年間で1500億円も減らし、すぐに利益が上がる研究に振り向けた。安倍晋三内閣で顕著になった「出口志向」「川下の研究」と言われる、すぐ利益があがる研究への「選択と集中」である。
 この政策を進めるため、国は科学技術予算を内閣府に付けさせる「総合科学技術・イノベーション会議」を2001年に立ち上げた。内閣総理大臣のリーダーシップの下、一段高い立場から科学技術政策の企画立案や総合調整を行うなど、重要政策に関する会議の一つと位置付けている。大型研究開発プロジェクトを立ち上げ、公募して研究を選んだりしたが、ことごく成果を見ないで終わっている。そもそも会議では、経済界の意見を尊重する委員を選定しているのだから、基礎的な研究が選定されることもなかった。
 今回の卓越大学も、国の「選択と集中」政策の延長線上に生まれた構想である。その背景には、優秀と見なされる論文の数が2018―2020年の平均で日本が過去最低の12位と没落したことにある。さすがに国も日本が科学技術面で一流国と言えなくなった現状をまずいと考えたのであろう。
 しかし卓越大学に助成するファンドは、国が作った「科学技術振興機構」の運用利益による仕組みである。今まで国が各分野で行ったファンドによる政策では、国産有機ELパネル製造「JOLEDの経営破綻」をはじめ「クールジャパン」、農業関係、半導体などで赤字を出して解散したなど、失敗も多い。そのうえ今回の卓越大学では、「経済社会に変化をもたらす研究成果の活用」とのうたい文句もあることから、基礎的研究ではなく、どうしても出口志向の研究に重きを置くことになる。
 東北大学では今年、任期付き雇用の研究者や職員数百人の雇止めを行ったことが問題になっている。卓越大学は研究者の育成を目的としているが、今でも任期付き雇用が多い若手研究者の育成のことは、置き去りにされるのではないだろうか。
 「卓越大学」構想は基礎的分野の科学研究を軽視する流れの上にある。岩手県や一関市、奥州市が、素粒子物理学者らと誘致しようとしている国際リニアコライダー(ILC)も無縁ではなく、こうした根本的な流れを変えない限り、そもそも実現などあり得ないのだ。

 【中国に対する危機感を一部の研究者が利用するILC誘致運動】
 基礎的分野の研究に金を出したくない国の政策により、大型科学研究費が付きにくい状況は1960年代から一貫しており、その研究費はせいぜい1件当たり50億円から300億円である。それも数年にわたる支給となる。
 今回、東北大学が「卓越大学」認定候補になったのは、青葉山新キャンパスに設置される次世代放射光施設「ナノテラス」の存在が大きい。この設置が決まるまでには、産業界と仙台市から100億円以上の資金を集めることが要請された。300億円強の研究施設でさえ、国は単独支出を渋るのである。
 これをILCに当てはめると、予想される国の負担のうち、最低でも1割は地元負担とするであろう。ILC本体価格は8000億円と言われているが、国際協力事業なので国際入札での円安の影響と物価高も加味すると、最終的には1兆5000億円という規模も考えられる。その半分の7500億円をホスト国が持つとして、750億円は地元負担とするであろう。
 さらには県道、橋梁、トンネルなどの改良工事も地元負担が要請されるが、岩手県の財力ではできない。まして欧米各国は資金を出さないと明言している。このことからも国がILC誘致に乗り出すことはあり得ない。にもかかわらず、高エネルギー加速器研究機構(KEK)や国内素粒子研究者たちは、いかにも世界的協力体制が整ったかのように語っている。
 2026年に政府間合意、2030年ごろにトンネル工事着手などの“予定”を示している。この“予定”は、10年前にも見たことがある。中国の次世代型巨大円形加速器「CEPC計画」が明らかになった時で、中国に負けるなという危機意識をあおり、誘致実現に結びつける意図も見えた。研究者たちは今回も「中国がCEPC(円形電子・陽電子衝突型加速器)計画を明確にしてくる」かのような話をして、危機意識の醸成を図る可能性がある。
 しかし、CEPC計画に対する危機意識をあおったところで、ILC誘致に国が動くことはないだろう。北朝鮮の弾道ミサイル発射のたびに全国瞬時警報システム(Jアラート)を鳴らし、「敵基地反撃能力を持つミサイルが必要」と突出した防衛予算を付けるのに成功したのとわけが違う。

千坂氏の名前の漢字表記は、山へんに諺のつくりで「げん」、峰で「ぽう」
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