人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

水沢VLBI観測所と地域との関係「世界に誇れる好事例」(国立天文台・常田台長、退任控え奥州へ感謝)

投稿者 : 
tanko 2024-1-1 18:30
【2024年元旦号特集より】
 任期満了に伴い、今年3月で国立天文台長を退任する常田佐久氏(69)が、胆江日日新聞社の単独インタビューに応じた。水沢VLBI観測所の予算削減問題を巡っては、研究者だけでなく地元市民にも心配をかけとし「私たち執行部の丁寧な説明や現場への配慮が不足していた」と反省した。国際プロジェクト「TMT(30m望遠鏡)計画」では、建設に反対するハワイ島先住民との関係改善に尽力。地元と良好な関係を築くことの重要性を痛感したといい、「長年にわたり天文台を応援してくださる水沢の環境は、世界に誇れるものだ」と強調。奥州市民に敬意と感謝の思いを寄せた。(聞き手=児玉直人)


 つねた・さく 東京都文京区出身。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。太陽観測衛星「ようこう」「ひので」の開発、打ち上げに携わる。国立天文台教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所長などを経て、2018年から同天文台長。専門は太陽物理学。岐阜かかみがはら航空宇宙博物館=岐阜県各務原市=の館長も務めている。(画像提供=国立天文台)


――水沢の研究者らが携わったM87銀河のブラックホール(BH)撮影の公表から今春で5年を迎える
 複数のアンテナを電気的に結合して処理するVLBI(超長基線電波電波干渉計)の技術を使って実施した。
 国際研究チーム「EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)」は、かなり画期的な手法を用いた。BHを撮影するには、解像度を上げる必要がある。技術的に非常に困難な高周波数の領域で、できるだけアンテナの間隔を広げて地球規模の観測を行った。
 難しい技術で世界中の人たちと協力して実施したわけだが、どこかの政府に「やれ」と言われたわけではなく、研究者たちが相談して実行した。よく、ここまでやったと思う。

――BHの詳細は分からなくても、名称の認知度は高い。そういう意味で、広く国民の注目を集めやすい成果だったのではないか
 「BHが存在しているのは確かだ」と言われていても、それがどんなものかは誰も説明していなかった。今回はBH本体を見たわけではないが、「こうなっていますよ」と示すことができた。
 この成果は科学の世界だけでなく、国民の皆さんにも広く示した。日本の盛り上がりは海外でも同じように起きており、みんなで感動した。

――水沢VLBI観測所の名も広く知れ渡るようになり、地元の奥州市も盛り上がった
 非常にありがたいこと。(緯度観測所初代所長の)木村栄先生が発見した「Z項」にあやかったZホールやZアリーナ、Zバスなどがあると聞いている。科学に対する理解度が高い地域なのだろうと感じており、木村先生の功績はすごいなと思った。
 こうした地元の反応については、さらに深い意味があると認識している。
 国立天文台は、国際プロジェクト「TMT計画」に参加している。米国が主導する事業だが、建設地であるハワイ島の先住民との間にあつれきが生じた。問題解消のため、私も台長として相当のエネルギーを使った。
 TMTはハワイ島のマウナケアという山の頂上に建設する。この山はハワイの人たちにとって聖地なのだ。
 主導する米国の科学者たちは、本土に拠点を置いて事業を推進。この姿勢が先住民の皆さんの反感を買うことになった。「俺たちの大切な土地で何かやろうとしている」と。
 やはり「何をやっているのか」「どういう成果が出ているのか」をちゃんと周りの人に説明できないようでは、研究ができないと感じた。そこで「ハワイに集まってやろうよ」と私が先導する形で、米国本土の主力メンバーをハワイ島に移した。国立天文台から派遣していた職員も、ハワイに行ってもらった。
 だいぶ関係は良くなったが、そうなるまで5、6年かかった。5年というのは、研究者にとって非常に大きな期間で、大学院の在籍年数に当たる。「望遠鏡ができるだろう」と期待していた人が、5年もお預け状態になるのはかなりもったいない。建設や設計に携わっている人も作業が進まない。お金もかかる。つまり、地元やそこに暮らす人たちとの関係をおろそかにすると、いいことは全くないのだ。
 マウナケアの山頂には、もともと世界の天体望遠鏡が集まっており、私どもの「すばる望遠鏡」も設置されている。すばる望遠鏡を建設した時は、最初からハワイに研究者が住み、近所付き合いをしていたので、誰も文句を言わなかった。現地の人たちは、すばる望遠鏡の関係者に対しては笑顔で「コンニチハ」と言ってくれる。しかし、TMT関係者のほうを向くと「お前らは帰れ」という感じだった。多くの人が「最初のボタンの掛け違いが、ここまで問題を複雑にさせてしまった」と言っている。
 望遠鏡を造るために近所付き合いをするというのは、どこか露骨に見えるかもしれない。だが、人間同士がきっちり話をして進める基本動作をしなくてはいけない。
 最近、米国政府は「コミュニティー・アストロノミー」「シチズン・アストロノミー」という言葉を発している。誰にでも教育の機会、先端科学に触れる機会を提供する市民のための天文学という意味だ。近所付き合いにとどまらず、そこから飛躍して市民と科学の良好な関係を築こうとしている。
 こうしてみると、水沢の皆さんが天文台を応援する姿は、本当に涙が出るほどありがたい。難しい概念を言わなくても、木村先生が既にやられてきたことが受け継がれている。木村先生は極めて優れた学者であるが、それだけではなく地域との関係にも気を配っていた。100年先を見ていたのだろう。
 一つの理想的な関係が築かれており、水沢の研究者もかなり努力されている。それらも含め、水沢の好事例を日本全体やハワイのほうに、もっと広められたらと感じる。これは水沢の存在価値を高めることにもなる。

――2020年3月に水沢VLBI観測所の予算削減問題が明らかになった。市民からは心配の声も多く寄せられた
 国からの運営交付金が低落傾向にあり、いろいろな部分が予算削減の対象になっていた。「削減するのはしょうがない」という面があったにせよ、それだけでは責任を果たしたことにはならない。ちゃんと影響を受ける人たちに丁寧な説明をし、理解を得て最善策を考えなくてはいけなかった。そのプロセス(手順)がおろそかになった。私や当時の執行部が反省すべき事項だ。
 先ほど、市民とのコミュニケーションが大切だという話をしたが、天文台内部の対話が十分できていなかった。本間希樹所長や奥州市民の皆さんにはご迷惑をおかけした。
 来年度、台長に就任する土居守さん(東京大学・天文学教育研究センター長)は、より一層、全員一致で進めていくと期待している。

――市民から観測所の存続を願う署名運動もあった。熱意を感じたか
 署名運動が起き、国会議員の先生方にも応援いただいた。あの時は岡山や石垣島、鹿児島など、国立天文台の施設がある他の地域からも「大丈夫か」との声が寄せられた。地元の理解あっての天文台、天文学研究なので、こうした応援をいただいたことは大変ありがたい。
 署名運動の動きを受け、この熱意に見合う研究成果を出さなくてはいけないという責任を感じた。「応援があるから大丈夫」と甘んじることなく、しっかり成果を出していきたい。

――土居新台長に引き継がれる中、今後の国立天文台はどうあってほしいか
 先日、国立科学博物館がクラウドファンディング(CF、資金調達)で9億円を集め話題となったが、地方にある水沢観測所も同じ手法で3000万円を集めたのは、まさに快挙。よほど強い支持があったと感じている。
 皆さんが汗水流して得たお金をいただいたことになるわけだが、一方でCFだけに頼っていいわけではない。新装置導入など、一時的な資金確保ならよいが、定常的に必要なお金をCFで確保するのは、むしろ危険だと考える。基本的に国の予算支援を確保していかないといけない。「明日、どうなるか分からない」という状況では、安心して研究できない。
 では、どうしたら予算を確保できるか。他分野でもそうだが、つい自分たちの研究の重要性や成果だけを強調し、予算を要求しがちだ。だが私は、これはあまり効果がないと考える。天文学研究における意義、価値を国民目線で説明し、理解してもらうプロセスが大事ではないか。

 ――BH撮影の成果が発表されて以来、観測所を見学に訪れる人が増えている。研究施設を地域振興や観光に生かすことについて、どう感じているか
 岡山天文博物館(旧・岡山天体物理観測所)は、倉敷市に隣接する浅口市にある。「倉敷に来る観光客の1%でもいいから来てほしい」という声もある。天文台のドーム内でコンサートや結婚式を行うなど、いろいろ工夫しているようだ。水沢VLBI観測所が運用する電波望遠鏡「VERA」の石垣局がある沖縄県石垣市は、星空がきれい。市長は「天文台はわが市の観光にもっと協力してくれ」と言っている。
 私どもも運用している「アルマ望遠鏡」がある南米のチリでは、国全体でアストロツーリズム(天文観光)に力を入れている。チリ北部には、世界主要国が関係する数多くの天文台がある。星がきれいに見えて砂漠の景色の雰囲気も良いので、世界中から観光客が訪れるという。チリ政府は、天文学を使って観光をやっていこうとなっているようだ。
 水沢は近くの平泉に来た観光客が素通りしていくとのことだが、これだけ天文台への熱意を示してくれている地域。大いに天文台を活用し、地域のためになるようなことをやっていただきたい。水沢の取り組みが、モデルケースになってほしいと願っている。
トラックバックpingアドレス http://ilc.tankonews.jp/modules/d3blog/tb.php/1123

当ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は胆江日日新聞社に帰属します。
〒023-0042 岩手県奥州市水沢柳町8 TEL:0197-24-2244 FAX:0197-24-1281

ページの先頭へ移動