人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

関東大震災から100年、記録克明に(緯度観測所が貴重な資料を公開)

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tanko 2023-9-1 15:30

写真=水沢VLBI観測所本館内で保管されている記録用紙原本。左上に「EW Sep 1―2 1923」とあり、1923年9月1日から2日にかけての24時間記録であることを示す


 明治以降の日本では最大の地震被害をもたらした関東大震災(関東大地震)から、1日で100年となる。水沢星ガ丘町の国立天文台水沢VLBI観測所(本間希樹所長)には、緯度観測所時代に観測された同地震の記録が残されている。資料から推定される同観測所の震度は2〜3。関係する資料の一部が、観測所に併設する木村榮(ひさし)記念館で公開されている。
(児玉直人)

 同地震は1923(大正12)年午前11時58分に発生。死者・行方不明者は推定10万5000人と人的被害は大きく、その教訓を生かすため、毎年9月1日が「防災の日」と定められている。
 地球の極運動解明を目指していた同観測所。地震と極運動との関係を把握するため、「大森式地震計」が開所から間もない、1901年に導入された。関東大震災が発災する22年前のことだ。
 この地震計は、日本の地震学創始者と言われている大森房吉(1868〜1923)が考案。黒いすすを付着させた専用の記録用紙に揺れの波形を描く。天文台OBで奥州宇宙遊学館の花田英夫・企画開発主幹は、「記録用紙を円筒状のドラムに巻き付け、ゼンマイでゆっくり回転させることで、24時間記録ができる。当時としては画期的な装置だった」と語る。
 地震計は、現在の水沢VLBI観測所本館(3代目本館)南側にかつてあった建物の中に設置。南北と東西の動きを把握するため、2台の地震計をL字に置いた。このうち1台が木村榮記念館内に常設展示してあり、もう1台は敷地内倉庫に支柱のみ保管されている。
 関東大震災発生時の波形記録の複製も記念館に展示しているが、原本は3代目本館の一室に、記録ノート(検測簿)と共に保存されている。
 記録ノートによると、緯度観測所で最初の揺れを検知したのは午前11時59分38秒。ところが、次の39秒以降は空白になっている。代わりに「針脱出」「線混雑」「計算不能ナリ」などの文字がある。
 木村栄記念館ではミニ企画展として、記録ノートの一部、津波や地変を現地調査した緯度観測所の池田徹郎技師(のちに同観測所3代目所長)による報告書の複製などを紹介。管理を担当している水沢VLBI観測所の蜂須賀一也・特定技術職員は「眼視天頂儀の観測野帳41年分の展示も始めたので、ぜひ見てほしい」と話している。同記念館は奥州宇宙遊学館同様、火曜休館となっている。


写真=関東大震災の揺れを水沢で感知した、旧緯度観測所の大森式地震計。木村榮記念館に常設展示されている


写真=関東大震災の揺れを記録した検測簿。午前11時59分39秒以降の記載がなく「針脱出」「線混雑」「計算不能ナリ」などと書かれている
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