人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)
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tanko 2024-5-21 9:31

写真=米国の向こう10年の素粒子物理戦略が記載されている提言書「P5」

 昨年12月、米国の素粒子物理学戦略「P5(ピーファイブ)」が公表された。本県などが誘致を目指す「国際リニアコライダー(ILC)」は、同様の実験施設として欧州合同原子核研究所(CERN(セルン))が検討している次世代円形衝突型加速器(FCC-ee)との併記が目立つ。「最優先事項」には、米国が既に着手している他プロジェクトの完全なる実現が掲げられている。
(児玉直人)


日本人が委員長
 P5は、素粒子物理学に関する米国の諮問委員会「Particle Physics Project Prioritization Panel」のこと。同時に、同委員会が米国エネルギー省と全米科学財団に示す、向こう10年の戦略をまとめた提言書の通称でもある。
 今年4月22日、県庁で開かれた県ILC推進本部会議で本部長の達増拓也知事は、今回のP5について「米国が貢献するプロジェクトの選択肢として、ILCと欧州のFCC-eeが多額の予算規模とともに掲載された。改めて、ILCが世界的に実現性の高いプロジェクトであると評価され、実現に向けた動きの進展が期待されていると感じた」と所見を述べた。
 では、実際にP5にどのような形でILCが掲載されているのか。P5の原文を入手し内容を読み取るとともに、策定作業の委員長を務めたカリフォルニア大学バークレー校教授の村山斉(ひとし)氏にオンライン取材した。

それぞれに一長一短
 概要を見ると「米国はヒッグスファクトリーの設計研究に積極的な関与をし、実現可能性調査が終了した後は、欧州で稼働している円形加速器『LHC』の参加に見合ったレベルの支出を推奨する」という趣旨の文章が出てくる。ただし、概要に「ILC」の3文字は出てこない。提言全文が約160ページにわたって書かれた詳細版の中ごろに登場する。前回のP5では単独で取り上げられていたILCだが、今回はFCC-eeと共に「海外に造るヒッグスファクトリー」というくくりで記載されている。
 FCC-eeは、CERNが検討している巨大な円形加速器。スイスとフランスの国境をまたぐ周長約100kmの地下施設で、ヒッグス粒子を検出したCERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)より4倍大きい。
 ILCは直線、FCC-eeは円形という違いはあるが、どちらもヒッグスファクトリーの候補施設。物質に重さを与える素粒子「ヒッグス粒子」を工場(ファクトリー)のように大量に生成し、その性質を詳細に研究するのが目的だ。
 村山氏は「前回、FCC-eeは議論の俎上(そじょう)になく、2020年策定の欧州素粒子物理戦略で初めてプロジェクトの認定を受けた。ILCにFCC-eeが追いついてきたとも言える」と語る。
 「ヒッグスファクトリーは、ぜひとも実現させたいプロジェクトだ」と強調する村山氏。だが、ILCは日本政府が動きを見せておらず、世界的に期待が薄まっている。本県の北上山地へ誘致する動きはあるが、グローバル・プロジェクトとして議論が進んでおり、日本に来るかどうかも全く決まっていない。
 FCC-eeは研究者で議論している段階で、CERN加盟国が承認したわけでもない。しかもILCの倍以上の資金が必要。実現できたとしても2040年代の終わりごろだ。村山氏は「どちらにしても不確実な状況があるので並列で扱った」と説明する。



最優先は着手済み事業
 今回のP5で、将来的に取り組む事業の筆頭に記載されたのは、宇宙と物質の成り立ちを探る「CMB-S4」。2番目は、電子よりも軽い素粒子・ニュートリノを解明する実験施設「DUNE(デューン)」のアップグレードで、3番目がヒッグスファクトリーだ。
 村山斉氏は「P5は素粒子物理だけでなく宇宙論的な分野も含め、広範囲の科学プロジェクトを取り扱っている。ヒッグスファクトリーは3番目ではあるが『新しく作る加速器の実験』という区分の中では1番目だ」と語る。
 だが、これら将来的事業よりも前段で“最優先”と強調されたのが、ここ10年以内に米国内外で着手・参画した7事業の完全なる実行だ。「アメリカの場合、常に最優先だと言わないと、政府や議会は『じゃあこれはやめていいね』と解釈する。継続の価値があるかちゃんと判断し、続けるのであれば『最優先』とするのがアメリカのやり方」(村山氏)。
 将来のアップグレードでも優先順位が高いDUNEは、既に第1段階の実験を行うための建設工事が始まっている。つまり着手・参画済み7事業の一つだ。ところが、悩ましい問題に直面している。米国の科学誌「フィジックス・トゥデイ」「サイエンティフィック・アメリカン」によると、当初18〜19億ドルと見込まれた検出器関連のコストは、31億ドルに増加。2026年の実験開始予定も2031年にずれ込む見通しだ。それでも「完全なる実行」を求める背景には、科学史に残る大失敗「超電導超大型加速器(SCC)」のトラウマがあるためとの指摘もある。
 SCCは実現すれば世界最強の素粒子実験施設になっていた。テキサス州の原野に計画され、実験装置を据える地下トンネルの掘削工事が2割以上進んでいた。しかし大幅なコスト増や人材確保難などを引き起こし、1993年に中止が決定。施設の巨大化と高コスト化が進む素粒子物理学界で、SCCの失敗は長く教訓とされている。
 DUNEは国際的な協力も得てゴーサインが出ており、SCCと同じような状況に至れば大惨事の再来を意味するという。

次の手も視野に
 ヒッグスファクトリー建設地の座を他国に譲った米国。一方で新たな衝突型加速器「ミューオン加速器」が今回のP5では目立っていた。一時は見放されたアイデアだったが、ここ最近急激に注目を集めているという。
 ILCは確かに今回策定のP5に掲載はされているが、多種多様にあるプロジェクトの中の一つであり、ライバル計画も存在する。P5はあくまで米国の戦略だが、その他の国や地域も限られた予算、人員の中で、最適な選択を常に求められている。またDUNEやかつてのSCCのように、ゴーサインが出た事業であっても難題にぶつからないとは言い切れない。誘致を期待するILCについても、冷静な視点を保つことが求められるであろう。
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tanko 2024-5-1 18:40

写真=所長室で蜂須賀一也さん(右)の説明を聞くツアー参加者たち

 旧緯度観測所時代の建造物を巡る「今日は特別!天文台お宝ツアー」が、水沢星ガ丘町の国立天文台水沢VLBI観測所(本間希樹所長)で行われている。国登録有形文化財にもなっている建造物を身近に感じてもらう取り組み。次の開催は3日から6日で各日5回、所要時間は30分。奥州宇宙遊学館の入館料(一般300円、高校生以下150円)だけで参加できる。
 緯度観測所はVLBI観測所の前身。天頂を通過する星の位置を観測することで、地球回転のふらつきを調べるのが目的だった。日本が初めて参加した国際研究プロジェクトでもあった。
 ツアーで見学するのは、1899(明治32)年に「臨時緯度観測所」として開設した当時に建てられた眼視天頂儀室と、翌年に完成した初代本館(現・木村栄記念館)。老朽化が著しかった天頂儀室の修復工事が終了したことから、宇宙遊学館とVLBI観測所が連携し、4月27日からの大型連休に合わせ企画した。
 案内役は同観測所特定技術職員の蜂須賀一也さん(52)。同記念館など観測所の文化財管理にも従事している。
 「正確な観測を行うため、冷暖房がない状態で夜間の観測に臨まなければならなかった」と、蜂須賀さんは当時の苦労話を紹介。天頂儀室では、望遠鏡に振動を与えないよう、特殊な構造になっている土台の様子も公開した。群馬県から訪れた中村修さん(64)は「初めて来たがとても楽しめた」と満足そうだった。
 蜂須賀さんは「観光で遠方から来られた方だけでなく、ぜひ地元の皆さんにも見てもらい、木村の偉業や天文台のことを知ってほしい」と話している。
 ツアー実施時間は午前10時、同11時、午後1時、同2時、同3時の各日5回。定員は1回当たり10人(先着順)で、整理券を遊学館で配布している。

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