ILC誘致 周辺のみ過熱「本末転倒」(東京大大学院情報学環 佐倉統教授)
- 投稿者 :
- tanko 2019-11-12 6:30
インタビューに応じる佐倉統教授=金沢市内
金沢工業大学で9日から10日まで開かれた科学技術社会学会。国際リニアコライダー(ILC)の誘致を巡る地域の動きを取り上げた東京大学大学院生の菅原風我さん(24)=水沢出身=の指導教員で、同大学院情報学環の佐倉統教授(59)は、胆江日日新聞社のインタビューに応じた。ILC誘致活動に見られる問題点や課題をさまざまな学術分野の事例を交えながら持論を展開。科学技術と社会とのあるべき関係について説いた。(聞き手・児玉直人)
――ILCについては予算の問題と共に、国民理解の必要性が何度も指摘されてきた。今回の学会参加者も「聞いたことはあるが……」という程度だ。岩手、宮城の候補地近辺とは、認知度が大きく異なる
基本的な研究意義をしっかり説明し理解してもらうのが、まずは出発点だと思う。ところが、なかなかそういう話になっていないように見える。研究の中身の難しさもあるだろうが、「ILC」という名前をとりあえず知ってもらうこと、一般市民や経済界にとって好印象を抱きやすい波及効果の周知に力を注いでいるように見える。研究本体ではなく、周辺だけが盛り上がっているという印象だ。
――菅原さんの研究タイトルに「hype(ハイプ)」という言葉が出てきた
例えば、物質を分子レベルで制御する「ナノテクノロジー」の例を見ると、この言葉を聞いた、専門家ではない一般市民や経済界の人たちは「こんなことができる」「何でも万能にできるぞ」など、空理空論がどんどん盛り上がっていく。技術的な問題や危険性などを熟考するより、思いばかりが過熱して先に進んでしまう。これを一般に「hype」と言っている。最近よく耳にするAI(人工知能)も、実はその傾向にある。
――候補地の地元や素粒子物理の国際会議の場などにいると、誘致活動は盛り上がっているように見える。地元外あるいは異分野からはどのように映っているか
計画の進み方を客観的に見ると、ILCの実現はかなり難しい状況にあるのではと思う。理由の一つとして、予算が桁違いに大きい。いくら日本が半分だけを受け持つとはいえ、何千億円という規模。普通の大型プロジェクトでも数百億円。一番多くて1000億円。その4倍5倍超のプロジェクト、その時点で相当実現が難しい。
素粒子物理の研究者たちは実現を信じているだろうが、その周辺にいる人たちからすると「いや難しいでしょ」と見ている専門家、行政関係者は少なくないと思う。
またILCは完成させるまでだけではなく、運営する上でもお金がかかる。建設するかしないかの現段階でさえ、ゴタゴタしているような計画が何十年も続くかというと、それは難しいだろうと私は思う。それだけのエネルギー、端的に言えばお金が続かない。日本が何十年もILCを支え続ける財力はないと思う。「ちょっと頑張ればなんとか……」というレベルなら、もう少しすんなりと進んでいたと思うが、そうなっていないのは、いろいろと無理があるということだと思う。
――ILCを周知して国民理解を得ようと、推進派の研究者サイドは手の込んだPRを展開している
例えばラグビーワールド杯は、日本代表が頑張っていい成績を出したことであの盛り上がりになった。やはり、関係する研究者や地元関係者だけに限らず、国民の多くの人たちから見て、中身が伴ってしっかりしているなと感じなければいけないのでは。中身とは関係ない付随的なキャラクターや漫画とのコラボ、タレントやアーティストを招いたイベントなど、周りだけが盛り上がっている。実現可能性が不確実な中で、本末転倒だと思う。私はそれは国民理解とは言わないと思う。
――ILCの国民理解の中には、当然リスクを知るというのも含まれてくると思う
その通り。リスクも含めて「理解」だ。
生命科学や医学の分野の話になるが、通常の手術でもそうだし、新しい治療法を臨床試験する時には、必ずインフォームドコンセント(医師と患者との十分な情報を得た上での合意)を行うことが厳重に定められている。生命科学、医学の世界では人体実験や医療ミスに代表されるように、不幸な歴史が長くあった。その反省の上に立って、こうしたルールが確立している。「根治はできるが、こういう失敗もあるかもしれない」という具合にメリットとデメリットとを説明して患者さんの価値観を合わせて判断してもらう。
ILC誘致にも共通する部分がある。原発よりリスクは大きくないと論じる人もいるだろうが、だからといって積極的に説明しなくていいというわけではない。経済波及効果のようなプラスの面だけでなく、リスクも含めて総合的に地元住民に説明しなくてはいけない。地元の理解を頂く上でこれは大前提だ。
そこをすっぽかしてここまできてしまったのは、申し訳ない言い方だが地元とのコミュニケーションの「イロハのイ」を間違えていると思う。
――小学校や中学校で行われているILC出前授業ではリスクの説明がほとんどない。何も疑わず「ILCはすごいものだ」と感じてしまうだろう
出前授業をするにしても、ILCのことだけを説明するというのは問題があると思う。物理や理科の話をして、その上で「ILC計画というものがある」というのが筋だと思う。出前授業の目的が、「ILCの実現を目指すため」「子どもたちにILCを知ってもらうため」というのであれば、それは出前授業ではなく「宣伝活動」になっているのではないか。
――候補地周辺の人たちがILCを巡る動向を聞くのは、推進当事者側からが圧倒的に多い。他の分野の学者から客観的にILC計画について分析し、課題点などを地域や推進サイドにフィードバックするようなことはできないものか
学術会議があれだけ厳しい判断を下した以降も、候補地の地元では今なお誘致活動が盛り上がっているということすら、他分野の先生たちは認知していないと思う。
科学技術が大型化しており、膨大な予算がつぎ込まれるとなると、岩手や東北だけの問題、素粒子物理だけの問題ではなくなってくる。いろんな分野の研究者、生命倫理、医学倫理、科学ジャーナリズムなどの専門家がウオッチしていくべき問題だったと思う。
ただ、何らかの形でILC計画や誘致に携わったり、調べたりしている人でなければ議論できる情報を持ち合わせていない。広い視点から意見が言えるのは、学術会議の審議で委員を務められたような方でないと難しいかもしれない。とはいえ、地元の方々に多様な学術からの見解を届ける意義はあると思う。
佐倉統氏(さくら・おさむ)1960(昭和35)年東京生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部、ドイツ・フライブルク大学を経て、2000年より東京大学大学院情報学環。進化生物学の理論を軸足に、生物学史、科学技術論、科学コミュニケーション論など幅広く研究し、現代社会と科学技術の在り方を探究している。
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