【連載】ILC子ども科学相談室・42 電子と陽電子 衝突時の速さは?
- 投稿者 :
- tanko 2018-10-26 10:50
国際リニアコライダー(ILC)では、電子と陽電子を衝突させる実験をするそうですが、どれくらいの速さでぶつかるのですか?
299792.458×0.9999999999です
ILCでは、電子および陽電子を全長20kmの長さのトンネルの中で、超電導(超伝導)空洞加速と呼ばれる加速管を使い250GeV(ギガエレクトロンボルト)にまで加速します。もう少し正確なことを言うと、全長20kmのトンネルの真ん中で衝突させるので、電子と陽電子それぞれの加速に使う長さは、衝突地点の装置や末端の折り返し部分などを除くとせいぜい10kmに満たない距離です。
さて、GeVという単位はこれまでもこのコーナーで何回か出てきましたが、やはり日常でなかなか使わないので忘れてしまったかもしれません。これはエネルギーの単位です。1eV(エレクトロンボルト)は、1個の電子が1V(ボルト)の電圧で加速されたときに与えられるエネルギーのことです。したがって、250GeVというのは、電子1個が、2億5000万ボルトの電圧で加速されたときに得られるエネルギーです。
電子または陽電子が250GeVのエネルギーを与えられた状態でお互いを衝突させるわけですが、そのときどの程度のスピードが出ているのかを知りたいという質問になるかと思います。
加速された粒子と止まっている標的とが衝突するとき、衝突のエネルギーは「粒子のエネルギーの平方根に比例する」という考え方が成り立ちます。つまり、衝突のエネルギーを2倍にするためには、加速器のエネルギーは4倍にする必要があります。
一方、ILCのように同じエネルギーを持った粒子同士を正面衝突させると、衝突のエネルギーは「それぞれの粒子の足し算になる」という考え方になります。止まっている標的への衝突の時より、とても単純な計算ですね。この場合、衝突のエネルギーを2倍にするには、加速器のエネルギーも2倍にすれば良いのです。
このように粒子をそれぞれ反対方向に走らせて、正面衝突させる加速器を衝突型加速器といい、英語では「コライダー(Collider)」と呼びます。ILCの「C」はコライダーの頭文字なのです。
ILCは数年前、トンネルの全長を31kmから20kmに短縮して、実験を始める計画に変更されました。これにより加速するエネルギーは、電子と陽電子を合わせて500GeVから250GeVになります。
ILCで衝突させる電子と陽電子は、それぞれ光速度(秒速299792.458km)の99.99999999%にまで加速されます。したがって電子および陽電子の衝突する直前の速度は、299792.458×0.9999999999で計算できます。普通の電卓では桁数がオーバーしてしまいますので、ぜひ大きめの紙でも使い筆算をしてみてください。
(奥州宇宙遊学館館長・中東重雄)
番記者のつぶやき
昨年10月13日から連載してきました「ILC子ども科学相談室」は、今回をもって終了します。長い間、読んでいただきありがとうございました。執筆の協力や監修をいただいた奥州宇宙遊学館の中東重雄館長にもあらためてお礼申し上げます。
ILCはとても夢の詰まったプロジェクトだと思います。また、世界中の人たちが一つの目標に向かって知恵を出し合い、協力するという考え方はとても素晴らしいことです。
ただし、夢がいっぱいあるようなILCであっても「本当に実施してよいのか」と、冷静に考えなくてはいけない部分もあります。ILCを造るにはお金がかかります。しかも、お金を出せる規模には「限界」があります。また安全面の問題をしっかり説明し、解決できなければ建設候補地の地元に住んでいる人たちは不安になります。
さまざまな条件や問題点を丁寧に説明し、解決していかなければ、このような大きなプロジェクトは実現できません。単純に「宇宙の実験は楽しそう」「キャラクターがかわいいからILCは面白い」というだけでは、冷静に判断できません。
冷静な判断ができるようになるには、これから大人になる皆さんはどうしたらよいのでしょうか。一つ言えることは、日々の勉強や友達との付き合い、家族や先生とのコミュニケーションなどを通じて、いろいろな考え方や知識を身に付けていくことです。
自分と反する考えや主張にぶつかって、悩むこともあるでしょう。学校のテストと違い、正しい答えが出せない問題に直面することもあるでしょう。しかし、そのような体験を含め、いろいろなことと向き合う場面が多ければ多いほど、物事を冷静に見ることができるようになると思います。小中高生の皆さんにとって、今はいろいろな判断ができるようになるための準備期間です。頑張ってください。
(連載は児玉直人が担当しました)
写真=ILC実現を呼び掛ける看板に記されたILC建設想定地の地図。全長20kmの規模だと、地図に描かれた線よりも短くなります
299792.458×0.9999999999です
ILCでは、電子および陽電子を全長20kmの長さのトンネルの中で、超電導(超伝導)空洞加速と呼ばれる加速管を使い250GeV(ギガエレクトロンボルト)にまで加速します。もう少し正確なことを言うと、全長20kmのトンネルの真ん中で衝突させるので、電子と陽電子それぞれの加速に使う長さは、衝突地点の装置や末端の折り返し部分などを除くとせいぜい10kmに満たない距離です。
さて、GeVという単位はこれまでもこのコーナーで何回か出てきましたが、やはり日常でなかなか使わないので忘れてしまったかもしれません。これはエネルギーの単位です。1eV(エレクトロンボルト)は、1個の電子が1V(ボルト)の電圧で加速されたときに与えられるエネルギーのことです。したがって、250GeVというのは、電子1個が、2億5000万ボルトの電圧で加速されたときに得られるエネルギーです。
電子または陽電子が250GeVのエネルギーを与えられた状態でお互いを衝突させるわけですが、そのときどの程度のスピードが出ているのかを知りたいという質問になるかと思います。
加速された粒子と止まっている標的とが衝突するとき、衝突のエネルギーは「粒子のエネルギーの平方根に比例する」という考え方が成り立ちます。つまり、衝突のエネルギーを2倍にするためには、加速器のエネルギーは4倍にする必要があります。
一方、ILCのように同じエネルギーを持った粒子同士を正面衝突させると、衝突のエネルギーは「それぞれの粒子の足し算になる」という考え方になります。止まっている標的への衝突の時より、とても単純な計算ですね。この場合、衝突のエネルギーを2倍にするには、加速器のエネルギーも2倍にすれば良いのです。
このように粒子をそれぞれ反対方向に走らせて、正面衝突させる加速器を衝突型加速器といい、英語では「コライダー(Collider)」と呼びます。ILCの「C」はコライダーの頭文字なのです。
ILCは数年前、トンネルの全長を31kmから20kmに短縮して、実験を始める計画に変更されました。これにより加速するエネルギーは、電子と陽電子を合わせて500GeVから250GeVになります。
ILCで衝突させる電子と陽電子は、それぞれ光速度(秒速299792.458km)の99.99999999%にまで加速されます。したがって電子および陽電子の衝突する直前の速度は、299792.458×0.9999999999で計算できます。普通の電卓では桁数がオーバーしてしまいますので、ぜひ大きめの紙でも使い筆算をしてみてください。
(奥州宇宙遊学館館長・中東重雄)
番記者のつぶやき
昨年10月13日から連載してきました「ILC子ども科学相談室」は、今回をもって終了します。長い間、読んでいただきありがとうございました。執筆の協力や監修をいただいた奥州宇宙遊学館の中東重雄館長にもあらためてお礼申し上げます。
ILCはとても夢の詰まったプロジェクトだと思います。また、世界中の人たちが一つの目標に向かって知恵を出し合い、協力するという考え方はとても素晴らしいことです。
ただし、夢がいっぱいあるようなILCであっても「本当に実施してよいのか」と、冷静に考えなくてはいけない部分もあります。ILCを造るにはお金がかかります。しかも、お金を出せる規模には「限界」があります。また安全面の問題をしっかり説明し、解決できなければ建設候補地の地元に住んでいる人たちは不安になります。
さまざまな条件や問題点を丁寧に説明し、解決していかなければ、このような大きなプロジェクトは実現できません。単純に「宇宙の実験は楽しそう」「キャラクターがかわいいからILCは面白い」というだけでは、冷静に判断できません。
冷静な判断ができるようになるには、これから大人になる皆さんはどうしたらよいのでしょうか。一つ言えることは、日々の勉強や友達との付き合い、家族や先生とのコミュニケーションなどを通じて、いろいろな考え方や知識を身に付けていくことです。
自分と反する考えや主張にぶつかって、悩むこともあるでしょう。学校のテストと違い、正しい答えが出せない問題に直面することもあるでしょう。しかし、そのような体験を含め、いろいろなことと向き合う場面が多ければ多いほど、物事を冷静に見ることができるようになると思います。小中高生の皆さんにとって、今はいろいろな判断ができるようになるための準備期間です。頑張ってください。
(連載は児玉直人が担当しました)
写真=ILC実現を呼び掛ける看板に記されたILC建設想定地の地図。全長20kmの規模だと、地図に描かれた線よりも短くなります