- 投稿者 :
- tanko 2023-3-24 11:00
私が属する禅宗寺院では、玄関に「照顧脚下(しょうこきゃっか)」(足元をしっかり見つめよ)という戒めの木札などが掲げられていることが多い。これは周囲の環境である「縁」と自己との関係を見誤ることなく、真の自己を確立するために絶対的な自己を見つめよということである。
そのためには、自己と他者との区別を越えた智慧(さまざまな「気付き」)を求めることが大切である。私は修行道場で指導者の老師から絶えず「知識を捨てろ」と叱咤激励され続けた。大学院まで知識偏重の環境に浸っていた私にとって、大変苦労させられた時期でもあった。
故郷に戻り地域づくりにも関わった私は、地域のありよう、すなわち「縁」を自己に置き換えて取り組むよう努めた。ところが、地域や郷土の姿をとらえようとすると、目前の生活に縛られ全体像が見えてこない。
郷土の自然環境は絶えず変化しており、世界的な気象現象とも無縁ではない。そして人々の生活についても、国が関わるグローバルな貿易体制、国の政策などが何らかの形でつながり影響している。そうい意味からも、各種機関が数字で示す指標や評価値は、地域づくりを考える上でも大変参考になる。
私たちの国の豊かさを示す指標は、資本の国際的流動性が増したためか、国民総生産(GNP)ではなく国内総生産(GDP)がより正確に表されているとされる。日本のGDPは2009年まで米国に次ぐ2位だったが、2010年に中国に抜かれた。数年後にはドイツに抜かれ、4位になるだろうとされる。1人当たりのGDPも年によって変動するが、最近は27位から30位で、韓国と同等または抜かれている状況である。
かつての高度経済成長期、日本は貿易で稼ぎ、効率の悪いものは輸入すればよいという“信仰”に毒されてきた。そこでは食料安全保障の観点が完全に抜け落ちていた。これは敗戦後、米国の占領政策「ドッジ・ライン」や支援物資(ララ物資)で日本が大変救われたことにより、その後、米国が食料を安全保障の手段として位置付けたことに全く無関心になったのが大きな要因である。合わせて日本が裕福な国となり、国民が食料自立に関心を持たなくなったのも大きい。
日本の食卓は小麦など米国依存になる危険性があった。だが、それを顧みず過ごしてきたため、現在の小麦、穀物肥料、牛肉価格の上昇に悩まされることになった。
高度経済成長の実現により生まれた成功体験が、あしき影響を与えているのは、食料や農業分野だけではない。電気自動車(EV)や太陽光パネル、半導体などでも他国に後れを取ってしまった。得意だった電気機器も貿易赤字に陥っている。
日本衰退に至っているもう一つの大きな原因は科学分野、特にも大学における科学研究の軽視だ。国は行財政改革の名の下に、国立大学が比較的自由に使える運営費交付金を2004年から毎年1%ずつ減らした。現在では当初の1割、約1500億円が消えている。岩手大学の運営費交付金は70〜75億円なので、岩手大学に相当する大学20校分が減らされたことになる。
講座の維持が困難な大学が多くなり、民間会社や研究所と兼務する客員教授が増加。若手研究者は5年間などの任期付き採用をするしかなく、落ち着いて研究に没頭できる状況が阻害されている。先進国で科学技術予算が横ばいなのは日本だけといってよい。
このような背景があり、日本の研究者数減少と研究の質低下が著しい。科学技術論文の指標として「注目度の高い論文数ランキング」がある。科学雑誌『ネイチャー』や『サイエンス』などに掲載された論文が、他の研究者にどれくらい引用されたかを示すもので、日本は昨年、韓国に次ぐ12位だった。
日本における経済力の衰退、科学技術予算の貧弱さが顕著という状況にある中、本体だけで約8000億円という巨大プロジェクト「国際リニアコライダー(ILC)」を日本の岩手に誘致し、実現できると考える人たちは、1980年代後半から始まった経済のバブル化のような、浮かれた金銭感覚の持ち主ではないかと感じてしまう。世界的視点で日本が置かれている「縁」を直視し、今まで保持してきた矜持を捨て、過去の失敗事例を学ぶことが、今の日本に必要とされているのだ。
特に予算などの見通しについては、より厳しいものが求められている。これまでも巨大事業の実施主体は、国などの認可や補助金を受けたいがため、現実的ではない楽観的収支見積もりを提出することが常態化していた。
例えば仙台市営地下鉄(南北線)は開業当初、1日当たりの平均利用客数を23万人と過大に評価したが、実際は約11万人とかなり下まわり、市が補助金で穴埋めしたという。東京五輪に関しても、当初予算の何倍かかったか公表すらしていない。北海道新幹線の新函館北斗〜札幌間の建設事業費は、物価上昇による資材費高騰のため当初予算より6450億円も増えると発表された。
昨今のエネルギー価格高騰と円安は、自治体予算にも影響をもたらしている。仙台市では2022年度会計において、庁舎や公立学校、ごみ焼却炉などの運営経費不足分として、約16億8000万円の補正予算を組まざるを得なくなっている。
とすれば、ILCの本体価格約8000億円という数字自体についても、うのみにせず疑うべきである。
仮にILCが実現した際、それに係る研究者は当初約20人で、その後、百数十人になるという。しかし、冒頭に述べたように国が研究者養成を冷遇しているので、素粒子物理学という特定分野に関係した研究者、技術者を集めるのは困難であろう。外国人研究者も給料が安い日本に来るはずがない。まして家族を連れてくることもあり得ない。優秀な日本人研究者は、給料が安く立場が不安定な日本を捨て、給料が高く研究の自由度が高い中国に吸い寄せられているのが実態だ。
このような状況を知れば、ILC誘致推進者たちが吹聴する「ILCが実現すれば国際科学都市ができる」などの発言は、信ぴょう性に欠けると言わざるを得ないのである。
岩手県はILC誘致推進運動費に10年間で約30億円支出しているらしい。さらに担当職員の人件費は延べ約2億円はかかっていると推定される。無駄とも思える今までの支出や人材利用の責任は、とりあえず免罪しても、財政事情がますます厳しくなる今後は、とても許せるものではない。厳しい財政事情だからこそ、国の財政力や科学技術関連予算、国際的な科学を巡る情勢などを分析して意思決定する「証拠に基づく政策判断(EBPM)」が求められるのである。
では、私たちの岩手県はこれからどうすればいいのか。民間で使用しているマーケティング理論のSWOT(強み、弱み、機会、脅威)により、岩手県の置かれている環境、条件をリアルに見つめるべきだと考える。岩手の強みは農林水産業とともに、観光である。
先日、ニューヨーク・タイムズに掲載された「今行くべき52の場所」に、盛岡市が選ばれた。一方、盛岡市は某企業がインターネットで調査した「住み続けたい街・自治体ランキング」で県内1位となっている。
どちらも盛岡市を高く評価しているように見えるが、果たしてニューヨーク・タイムズに掲載された外国人の評価と、「住み続けたい街」のランキングは、同じ価値観で結びあっているだろうか。
ニューヨーク・タイムズの記事で高く評価された事柄の一つに、「落ち着いた街の雰囲気」というのがあった。「住み続けたい街」のほうは、福祉や医療、買い物のしやすさ、遊ぶところが充実しているという面が評価されている。
この二つの「評価」の違いを象徴する出来事が実際に盛岡市で起きている。盛岡城三ノ丸跡にある桜山神社と参道には、外国人が喜ぶ風情ある街並みが残されている。ところが盛岡市は、活性化のために区画整理を行うとして論争を呼んだ。昔ながらの雰囲気を残すべきだとする住民や当該地区を愛する多くの反対の声により、今も何とか残っている。
合理化だけを考える行政の姿勢は、インバウンドの重要性が叫ばれ、観光の重要性が増している状況を軽視している。活性化と落ち着いた街の雰囲気をどう調和させるかが問われる時代となったことを、行政は猛省すべきである。
岩手の「弱み」とは何であろう。以前は「大都市から遠い」という点がよく挙げられていたが、高速交通網の進展と情報化の到来により、深刻な弱みではなくなった。
私は、チャンスをつかもうとする県や市町村行政当局、そして議員、県民の力不足が今の「弱み」であり、岩手の地域づくりにおける最大の問題だと考える。それなのに、多死少子化による人口減と、財政難と言う危機を真剣にとらえず、「巨大プロジェクト誘致が実現すれば全てが解決する」と安易に考えているとしか思えない。危機を乗り越えるためには、岩手の「強み」「弱み」「機会」を徹底的に分析し、それらを踏まえた政策を模索すべきである。
岩手県当局とともに、一関市と奥州市はILC誘致運動に前のめりの自治体である。特に一関市は前市長時代にまちづくりの2本柱の一つにILC誘致を挙げ、潜在的資源を掘り起こそうとする意識が欠けていた。一関市、奥州市とも昨年市長が交代したので、この機会に市民が住み続けたいと思うまちとは何なのか、徹底的に掘り下げてほしい。岩手県当局も基礎科学の一分野に過ぎないグループが企画するプロジェクトに振り回されることなく、しっかり農林水産業振興などに取り組むべきである。
一関市、平泉町、奥州市は「束稲山麓地域」で世界農業遺産取得を目指した。今年1月に“日本版”の日本農業遺産に認定され、それを喜ぶ報道がなされた。しかし、世界農業遺産取得という本来目的を残念ながら3度挑戦し全て落選したという事実、その原因を深く反省しなくてはならない。
日本版の認証が、世界版の認証に至る――とは必ずしも言えないと私は考える。新聞で知る限りの印象だが、国連食糧農業機関(FAO)が求めている「農業生物多様性」「多様な主体の参加」に、当該地域は欠ける点が多かったのではないかと思う。
生物多様性は気候変動(温暖化)と並び、地球的課題として捉えられている。環境破壊がさほど進んでいない岩手県の各自治体は、生態系保全、生物多様性保全の取り組みで最も期待されていると言える。
しかし、自治体が持っている生態系や生物多様性に関する知見、ノウハウは限られている上、専従する担当部署がない所も多いのではないか。FAOが要求する「多様な主体」という条件を充実させるため、農業に係る人材だけでなく、各方面の研究者、NPO法人などの人材活用が求められるであろう。
一関市、平泉町、奥州市は私が最も愛するまちである。それゆえ行政不作為の象徴とも言えるILC誘致などで騒いでいる間に、地域が持つ「強み」が生かされず、ずるずるとまちが衰退していく姿を見ることは残念でたまらない。
行政の姿勢を変えるためにも、私たち市民は、行政や議員任せではなく、また自分の利益だけを追求するのではなく、将来世代まで「すばらしい郷土」を残そうとする自分たちの意識改革を行うことが望まれるのである。
(※千坂氏の名前の「げんぽう」の漢字表記は、「げん」が山へんに諺のつくり、「ぽう」は峰)
そのためには、自己と他者との区別を越えた智慧(さまざまな「気付き」)を求めることが大切である。私は修行道場で指導者の老師から絶えず「知識を捨てろ」と叱咤激励され続けた。大学院まで知識偏重の環境に浸っていた私にとって、大変苦労させられた時期でもあった。
故郷に戻り地域づくりにも関わった私は、地域のありよう、すなわち「縁」を自己に置き換えて取り組むよう努めた。ところが、地域や郷土の姿をとらえようとすると、目前の生活に縛られ全体像が見えてこない。
郷土の自然環境は絶えず変化しており、世界的な気象現象とも無縁ではない。そして人々の生活についても、国が関わるグローバルな貿易体制、国の政策などが何らかの形でつながり影響している。そうい意味からも、各種機関が数字で示す指標や評価値は、地域づくりを考える上でも大変参考になる。
私たちの国の豊かさを示す指標は、資本の国際的流動性が増したためか、国民総生産(GNP)ではなく国内総生産(GDP)がより正確に表されているとされる。日本のGDPは2009年まで米国に次ぐ2位だったが、2010年に中国に抜かれた。数年後にはドイツに抜かれ、4位になるだろうとされる。1人当たりのGDPも年によって変動するが、最近は27位から30位で、韓国と同等または抜かれている状況である。
かつての高度経済成長期、日本は貿易で稼ぎ、効率の悪いものは輸入すればよいという“信仰”に毒されてきた。そこでは食料安全保障の観点が完全に抜け落ちていた。これは敗戦後、米国の占領政策「ドッジ・ライン」や支援物資(ララ物資)で日本が大変救われたことにより、その後、米国が食料を安全保障の手段として位置付けたことに全く無関心になったのが大きな要因である。合わせて日本が裕福な国となり、国民が食料自立に関心を持たなくなったのも大きい。
日本の食卓は小麦など米国依存になる危険性があった。だが、それを顧みず過ごしてきたため、現在の小麦、穀物肥料、牛肉価格の上昇に悩まされることになった。
高度経済成長の実現により生まれた成功体験が、あしき影響を与えているのは、食料や農業分野だけではない。電気自動車(EV)や太陽光パネル、半導体などでも他国に後れを取ってしまった。得意だった電気機器も貿易赤字に陥っている。
日本衰退に至っているもう一つの大きな原因は科学分野、特にも大学における科学研究の軽視だ。国は行財政改革の名の下に、国立大学が比較的自由に使える運営費交付金を2004年から毎年1%ずつ減らした。現在では当初の1割、約1500億円が消えている。岩手大学の運営費交付金は70〜75億円なので、岩手大学に相当する大学20校分が減らされたことになる。
講座の維持が困難な大学が多くなり、民間会社や研究所と兼務する客員教授が増加。若手研究者は5年間などの任期付き採用をするしかなく、落ち着いて研究に没頭できる状況が阻害されている。先進国で科学技術予算が横ばいなのは日本だけといってよい。
このような背景があり、日本の研究者数減少と研究の質低下が著しい。科学技術論文の指標として「注目度の高い論文数ランキング」がある。科学雑誌『ネイチャー』や『サイエンス』などに掲載された論文が、他の研究者にどれくらい引用されたかを示すもので、日本は昨年、韓国に次ぐ12位だった。
日本における経済力の衰退、科学技術予算の貧弱さが顕著という状況にある中、本体だけで約8000億円という巨大プロジェクト「国際リニアコライダー(ILC)」を日本の岩手に誘致し、実現できると考える人たちは、1980年代後半から始まった経済のバブル化のような、浮かれた金銭感覚の持ち主ではないかと感じてしまう。世界的視点で日本が置かれている「縁」を直視し、今まで保持してきた矜持を捨て、過去の失敗事例を学ぶことが、今の日本に必要とされているのだ。
特に予算などの見通しについては、より厳しいものが求められている。これまでも巨大事業の実施主体は、国などの認可や補助金を受けたいがため、現実的ではない楽観的収支見積もりを提出することが常態化していた。
例えば仙台市営地下鉄(南北線)は開業当初、1日当たりの平均利用客数を23万人と過大に評価したが、実際は約11万人とかなり下まわり、市が補助金で穴埋めしたという。東京五輪に関しても、当初予算の何倍かかったか公表すらしていない。北海道新幹線の新函館北斗〜札幌間の建設事業費は、物価上昇による資材費高騰のため当初予算より6450億円も増えると発表された。
昨今のエネルギー価格高騰と円安は、自治体予算にも影響をもたらしている。仙台市では2022年度会計において、庁舎や公立学校、ごみ焼却炉などの運営経費不足分として、約16億8000万円の補正予算を組まざるを得なくなっている。
とすれば、ILCの本体価格約8000億円という数字自体についても、うのみにせず疑うべきである。
仮にILCが実現した際、それに係る研究者は当初約20人で、その後、百数十人になるという。しかし、冒頭に述べたように国が研究者養成を冷遇しているので、素粒子物理学という特定分野に関係した研究者、技術者を集めるのは困難であろう。外国人研究者も給料が安い日本に来るはずがない。まして家族を連れてくることもあり得ない。優秀な日本人研究者は、給料が安く立場が不安定な日本を捨て、給料が高く研究の自由度が高い中国に吸い寄せられているのが実態だ。
このような状況を知れば、ILC誘致推進者たちが吹聴する「ILCが実現すれば国際科学都市ができる」などの発言は、信ぴょう性に欠けると言わざるを得ないのである。
岩手県はILC誘致推進運動費に10年間で約30億円支出しているらしい。さらに担当職員の人件費は延べ約2億円はかかっていると推定される。無駄とも思える今までの支出や人材利用の責任は、とりあえず免罪しても、財政事情がますます厳しくなる今後は、とても許せるものではない。厳しい財政事情だからこそ、国の財政力や科学技術関連予算、国際的な科学を巡る情勢などを分析して意思決定する「証拠に基づく政策判断(EBPM)」が求められるのである。
では、私たちの岩手県はこれからどうすればいいのか。民間で使用しているマーケティング理論のSWOT(強み、弱み、機会、脅威)により、岩手県の置かれている環境、条件をリアルに見つめるべきだと考える。岩手の強みは農林水産業とともに、観光である。
先日、ニューヨーク・タイムズに掲載された「今行くべき52の場所」に、盛岡市が選ばれた。一方、盛岡市は某企業がインターネットで調査した「住み続けたい街・自治体ランキング」で県内1位となっている。
どちらも盛岡市を高く評価しているように見えるが、果たしてニューヨーク・タイムズに掲載された外国人の評価と、「住み続けたい街」のランキングは、同じ価値観で結びあっているだろうか。
ニューヨーク・タイムズの記事で高く評価された事柄の一つに、「落ち着いた街の雰囲気」というのがあった。「住み続けたい街」のほうは、福祉や医療、買い物のしやすさ、遊ぶところが充実しているという面が評価されている。
この二つの「評価」の違いを象徴する出来事が実際に盛岡市で起きている。盛岡城三ノ丸跡にある桜山神社と参道には、外国人が喜ぶ風情ある街並みが残されている。ところが盛岡市は、活性化のために区画整理を行うとして論争を呼んだ。昔ながらの雰囲気を残すべきだとする住民や当該地区を愛する多くの反対の声により、今も何とか残っている。
合理化だけを考える行政の姿勢は、インバウンドの重要性が叫ばれ、観光の重要性が増している状況を軽視している。活性化と落ち着いた街の雰囲気をどう調和させるかが問われる時代となったことを、行政は猛省すべきである。
岩手の「弱み」とは何であろう。以前は「大都市から遠い」という点がよく挙げられていたが、高速交通網の進展と情報化の到来により、深刻な弱みではなくなった。
私は、チャンスをつかもうとする県や市町村行政当局、そして議員、県民の力不足が今の「弱み」であり、岩手の地域づくりにおける最大の問題だと考える。それなのに、多死少子化による人口減と、財政難と言う危機を真剣にとらえず、「巨大プロジェクト誘致が実現すれば全てが解決する」と安易に考えているとしか思えない。危機を乗り越えるためには、岩手の「強み」「弱み」「機会」を徹底的に分析し、それらを踏まえた政策を模索すべきである。
岩手県当局とともに、一関市と奥州市はILC誘致運動に前のめりの自治体である。特に一関市は前市長時代にまちづくりの2本柱の一つにILC誘致を挙げ、潜在的資源を掘り起こそうとする意識が欠けていた。一関市、奥州市とも昨年市長が交代したので、この機会に市民が住み続けたいと思うまちとは何なのか、徹底的に掘り下げてほしい。岩手県当局も基礎科学の一分野に過ぎないグループが企画するプロジェクトに振り回されることなく、しっかり農林水産業振興などに取り組むべきである。
一関市、平泉町、奥州市は「束稲山麓地域」で世界農業遺産取得を目指した。今年1月に“日本版”の日本農業遺産に認定され、それを喜ぶ報道がなされた。しかし、世界農業遺産取得という本来目的を残念ながら3度挑戦し全て落選したという事実、その原因を深く反省しなくてはならない。
日本版の認証が、世界版の認証に至る――とは必ずしも言えないと私は考える。新聞で知る限りの印象だが、国連食糧農業機関(FAO)が求めている「農業生物多様性」「多様な主体の参加」に、当該地域は欠ける点が多かったのではないかと思う。
生物多様性は気候変動(温暖化)と並び、地球的課題として捉えられている。環境破壊がさほど進んでいない岩手県の各自治体は、生態系保全、生物多様性保全の取り組みで最も期待されていると言える。
しかし、自治体が持っている生態系や生物多様性に関する知見、ノウハウは限られている上、専従する担当部署がない所も多いのではないか。FAOが要求する「多様な主体」という条件を充実させるため、農業に係る人材だけでなく、各方面の研究者、NPO法人などの人材活用が求められるであろう。
一関市、平泉町、奥州市は私が最も愛するまちである。それゆえ行政不作為の象徴とも言えるILC誘致などで騒いでいる間に、地域が持つ「強み」が生かされず、ずるずるとまちが衰退していく姿を見ることは残念でたまらない。
行政の姿勢を変えるためにも、私たち市民は、行政や議員任せではなく、また自分の利益だけを追求するのではなく、将来世代まで「すばらしい郷土」を残そうとする自分たちの意識改革を行うことが望まれるのである。
(※千坂氏の名前の「げんぽう」の漢字表記は、「げん」が山へんに諺のつくり、「ぽう」は峰)
- 投稿者 :
- tanko 2023-2-10 18:10

ILC実現建設地域規制同盟会設立総会で祝辞を述べた塩谷立ILC議連会長。右はKEKの山内正則機構長=8日、一関文化センター
超党派国会議員で組織するリニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟(通称・ILC議連)の塩谷立会長(衆院比例東海、自民)は8日、一関市内で開かれたILC実現建設地域期成同盟会設立総会に出席。来賓祝辞の中で、日本学術会議が4年前に実施したILC計画に対する一連の評価手続きについて「あれは余分だった」と持論を述べた。
塩谷氏が指摘したのは、文部科学省が2020(令和2)年度に策定した「学術研究の大型プロジェクトの推進に関する基本構想ロードマップ」に、ILC計画を搭載させるため実施した一連の手続き。文科省は当時、ILCを誘致するにはロードマップに位置付けられるなどの「正式な学術プロセス」を経る必要があると強調していた。
ロードマップに搭載されるには、学術会議が策定する「学術の大型施設計画・大規模研究計画に関するマスタープラン」で、重点大型研究計画に選ばれるか、ヒアリング(聞き取り)審査対象となるのが条件。ILC計画はヒアリング審査対象になり、同計画を推進している高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、2020年2月末にロードマップ審査の申請書類を提出した。
しかし「国際協力体制が審査申請時より大きく進展したため」などの理由で自主的に取り下げた。この対応を巡っては、KEKが5カ月以上、地元誘致関係者に事実関係を伝えていなかった。
期成同盟会の祝辞で塩谷氏は「文科省にもそれなりに協力してもらっているが、官邸に持ち込んでしっかり進めていくのがいいのでは」と、文科省の枠組みを超え、省庁横断的に取り組む体制の必要性に言及した。
塩谷氏はこのほか「巨額の費用分担の在り方が大きな壁になっているのは事実。さらにここ3年、新型コロナウイルスの影響で、世界的な活動が難しくなっている上、各国が大型計画を抱え予算的に厳しいという状況もある。もう一度体制を立て直そうというのがここ最近の状況だ」と説明。「ILCの学術的意義は認められており、どういう手順で進めるかという段階になっている。誘致予定の地域に皆さんが集まり、期成同盟会をつくってもらったのは大きな力になる。共にILC実現に向けて頑張っていきたい」と力を込めた。
(児玉直人)
- 投稿者 :
- tanko 2023-2-9 6:40

写真=岩手、宮城両県の関係自治体首長や議会関係者らが出席したILC期成同盟会の設立総会
素粒子実験施設、国際リニアコライダー(ILC)の北上山地誘致実現を訴える「ILC実現建設地域期成同盟会」の設立総会が8日、一関市の一関文化センターで開かれた。新型コロナウイルス感染症の影響で国際的な交渉や機運醸成の場を設けにくく、進捗の実感が乏しい状況にある現状を打破しようと、参加自治体の首長らが誘致実現に向けた意気込みを力強く語った。
(児玉直人)
同盟会設立発起人を代表し、一関市の佐藤善仁市長は「ILC候補地の地元として、継続的かつ組織的に活動すべきだとの話をいただき期成同盟会設立の運びとなった。東北におけるILC誘致を一日も早く実現したいと考えている。多くのご支持をたまわりたい」とあいさつした。
議事では、規約など設立に関する3議案を原案通り可決。代表に佐藤・一関市長、倉成淳・奥州市長、菅原茂・気仙沼市長の3人を選出した。
来賓祝辞などに続き、高エネルギー加速器研究機構の山内正則機構長が講演。技術的課題に取り組む新組織「ILCテクノロジーネットワーク」と、政府関係者間が議論できる土壌づくりを目指している「国際有識者会議」が活動している状況など、直近の動向を紹介。米国も欧州もそれぞれ、素粒子研究施設の建設や検討を抱えているとし、「その中でもILCは最も実現性が高い。適切なタイミングに向けて、今やるべきことを着実に積み重ねることが実現につながる最善の道だ」と強調した。
同盟会発起人による決意表明で奥州市の倉成市長は「とても重要なプロジェクト。地域再生、持続可能なまちづくりを進める上でも重要」、金ケ崎町の高橋寛寿町長は「周辺地域の経済文化に大きく貢献する。建設実現に向け町議会と共に頑張る」と訴えた。
- 投稿者 :
- tanko 2023-2-7 19:50
素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の誘致実現を目指している岩手、宮城両県の自治体などは8日、「(仮称)ILC実現建設地域期成同盟会」を設立する。本県南部の北上山地が有力候補地に選定され今年で10年。さまざまな情勢変化やプロジェクト推進に対する慎重論もあり、当初想定を上回る形で誘致運動は長期化。新型コロナウイルスの影響もあってここ数年は進捗(しんちょく)が停滞している雰囲気さえあり、直近の県民意識調査でもニーズ(必要性)は他施策より低調だ。自治体首長や議員、経済団体トップらがこぞって誘致運動をリードしてきた手前もあり、期成同盟会を立ち上げて“地元の熱意”をあらためて示す狙いがあるとみられる。
(児玉直人)
期成同盟会設立発起人には、倉成淳奥州市長や高橋寛寿金ケ崎町長を含む北上山地周辺の自治体首長と誘致団体の代表ら13人が名を連ねている。倉成市長は代表発起人(5人)の一員でもある。設立総会は8日、一関市の一関文化センターで開かれ、規約や役員選出、事業計画の各議案を審議し、承認される見通し。同盟会事務局は一関市ILC推進課内に設置される予定だ。
奥州市ILC推進室の二階堂純室長によると「期成同盟会設立の話は、早い段階からあった」という。既存誘致団体、国会や関係自治体の議員連盟、ILC計画を地域関係者に提唱してきた素粒子物理学者らとの共通理解形成、調整などに時間を要した。既存誘致団体との違いについて、二階堂室長は「建設候補地により近い自治体や関係団体を構成メンバーとすることで、地元の熱意を政府に伝える意味合いがある」と説明する。
ILC計画の存在は2009年ごろ一般県民に知られるようになった。推進派の素粒子物理学研究者らによる講演会などによって周知が進められた。13年には、研究者らにより北上山地に国内候補地を一本化。早期実現への機運が一気に高まった。
しかし、日本学術会議や文科省ILC有識者会議における協議の中で、巨額な建設・運営コストの国際分担、プロジェクトの進め方、国民理解などに対する課題が度々指摘された。一部の地元住民からは、施設の安全性や教育現場を利用した周知活動に疑問を呈する声も上がった。
県が昨年まとめた最新の「県施策に対する県民意識調査」では、ILC誘致を見込んだ外国人研究者受け入れに関しては、重要度が他施策より大幅に低く、満足度も平均以下という結果が得られている。
こうした背景もあって、北上山地に候補地が一本化されたものの、地元誘致団体が思い描いていたようなスピード感でスケジュールが推移していない。「今年が正念場」と、高揚させる言葉が何度も繰り返されてきた実態がある。
当初は本年度中に日本誘致を前提とした準備研究所(プレラボ)開設も想定されていたが、有識者会議の慎重論もあって、研究者側は戦略の練り直し。重要度の高い技術課題の解決などを優先的に進める新組織「ILCテクノロジーネットワーク(ILC TN)」を立ち上げている。研究者サイドの取り組みは、北上山地周辺地域に直接見える形で行われているわけではないため、進捗感が乏しいとの雰囲気になっているとみられる。
(児玉直人)
期成同盟会設立発起人には、倉成淳奥州市長や高橋寛寿金ケ崎町長を含む北上山地周辺の自治体首長と誘致団体の代表ら13人が名を連ねている。倉成市長は代表発起人(5人)の一員でもある。設立総会は8日、一関市の一関文化センターで開かれ、規約や役員選出、事業計画の各議案を審議し、承認される見通し。同盟会事務局は一関市ILC推進課内に設置される予定だ。
奥州市ILC推進室の二階堂純室長によると「期成同盟会設立の話は、早い段階からあった」という。既存誘致団体、国会や関係自治体の議員連盟、ILC計画を地域関係者に提唱してきた素粒子物理学者らとの共通理解形成、調整などに時間を要した。既存誘致団体との違いについて、二階堂室長は「建設候補地により近い自治体や関係団体を構成メンバーとすることで、地元の熱意を政府に伝える意味合いがある」と説明する。
ILC計画の存在は2009年ごろ一般県民に知られるようになった。推進派の素粒子物理学研究者らによる講演会などによって周知が進められた。13年には、研究者らにより北上山地に国内候補地を一本化。早期実現への機運が一気に高まった。
しかし、日本学術会議や文科省ILC有識者会議における協議の中で、巨額な建設・運営コストの国際分担、プロジェクトの進め方、国民理解などに対する課題が度々指摘された。一部の地元住民からは、施設の安全性や教育現場を利用した周知活動に疑問を呈する声も上がった。
県が昨年まとめた最新の「県施策に対する県民意識調査」では、ILC誘致を見込んだ外国人研究者受け入れに関しては、重要度が他施策より大幅に低く、満足度も平均以下という結果が得られている。
こうした背景もあって、北上山地に候補地が一本化されたものの、地元誘致団体が思い描いていたようなスピード感でスケジュールが推移していない。「今年が正念場」と、高揚させる言葉が何度も繰り返されてきた実態がある。
当初は本年度中に日本誘致を前提とした準備研究所(プレラボ)開設も想定されていたが、有識者会議の慎重論もあって、研究者側は戦略の練り直し。重要度の高い技術課題の解決などを優先的に進める新組織「ILCテクノロジーネットワーク(ILC TN)」を立ち上げている。研究者サイドの取り組みは、北上山地周辺地域に直接見える形で行われているわけではないため、進捗感が乏しいとの雰囲気になっているとみられる。
- 投稿者 :
- tanko 2023-1-24 13:00

写真=聴講者の質問に答える吉岡正和氏
北上山地が有力候補地とされている素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」に関する講演会(県ILC推進協議会主催)は23日、盛岡市内のホテルで開かれた。ILCを推進する研究者の栗木雅夫氏(広島大学大学院教授)と、吉岡正和氏(岩手県立大・岩手大客員教授)の2氏が講演。吉岡氏は施設建設に際しては、二酸化炭素排出量を減らし吸収量を増やす「グリーンILC」の取り組みが大切だと力説。本県の農林水産業関係者との連携が重要になると強調した。
会場参加のほか、オンラインによる聴講も合わせて実施。開会に先立ち、同推進協会長の谷村邦久・県商工会議所連合会会長は「一日も早く(日本誘致に対する)国の意思表示が求められる。ILCの理解をさらに深めていただき、誘致実現に向けてさらなる支援をお願いしたい」と、参加者やオンライン聴講者に呼びかけた。
講演前半は、栗木氏が素粒子実験の基礎知識やILCの概要をあらためて解説。「技術的成熟性が非常に高い。しかし、基本技術はできているからと言って、すぐ建設できるわけではない。性能や信頼性の向上をさらに目指すほか、国際協力をどのように進めるかという組織設計も必要。サイト(建設地)に関する検討では、岩手の皆さんの協力も必要になる」と述べた。
後半は吉岡氏が、大型国際研究機関を日本に誘致する意義と、グリーンILCについて講演。素粒子実験を行うための加速器の研究に関しては、中国も国を挙げて力を入れているとしながら「個人的見解になるが、国際機関や国連機関の存在は、民主国家の象徴であり社会的地位を示すようなもので、強権国家には向かないもの」と持論を述べた。ILCのような国際研究機関を誘致することに、コストがかかるという意見もあると認めながら、「数千人規模の高度人材が超長期的に常駐する文化的波及効果は計り知れない」などと語った。
二酸化炭素の排出量と吸収量を等しくするのを目指す「カーボンニュートラル」とILC建設を絡め、持続可能なエネルギー源の開発や廃熱回収技術の推進、二酸化炭素吸収量増加の取り組みには、地域協力が必要だと強調。「ILCと岩手の農林水産業の連携を深めるのが必然だ。県内の林業関係者らと折衝をしているが、地域の中で先進的に取り組んでいる企業体がいることは心強い」と述べた。
同日は仙台市内のホテルで岩手、宮城両県議会の「ILC建設実現議員連盟」による講演会も行われ、高エネルギー加速器研究機構の山内正則機構長が「ILC計画の現状」と題し講演した。
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- tanko 2023-1-21 9:00
北上山地が有力候補地とされている素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の誘致活動に携わっている素粒子物理学者の山下了氏が今月、岩手県立大学研究・地域連携本部特任教授に就任した。東京大学素粒子物理国際研究センター特任教授の任期が、昨年12月末で満了したことによるもの。県立大特任教授の任期は1年。県立大の鈴木厚人学長も同分野の研究者でILC誘致を推進している関係にあり、山下氏は引き続き誘致に関する業務に専従するという。

山下氏は千葉県出身。京都大学大学院修了後、同センター助手、准教授を経て、2016年に同センター特任教授に就任していた。ILC戦略会議議長、高エネルギー物理学研究会議ILC推進パネル委員長なども歴任し、講演や誘致関係者との会合のため、本県をたびたび訪れていた。
県立大の鈴木学長や同センター長の浅井祥仁教授らによると、山下氏は昨年12月末で特任教授の任期が終了。次の長期的な就任先が決まるまでの間、県立大特任教授を務めることになった。業務は、滝沢市の県立大キャンパスではなく、県東京事務所=東京都中央区=を拠点にILC誘致活動に携わる。鈴木学長は「月に何度か県庁や滝沢のキャンパスに来て対面の業務をすることはある」と説明する。
一方同センターでは今月27日まで、ILC計画の推進や人工知能(AI)研究を駆使した物理研究手法の開発に携わる特任准教授を募集中。浅井教授は、山下氏の後任募集という趣旨ではないとした上で「大学が行う本来の活動は研究。新しいAI技術を投入した検出の方法など、分野内の課題解決につながる研究に従事する人材を確保するのが目的」と説明している。
県立大は公立大学法人のため会計処理は県会計から独立しているが、県一般会計から「運営交付金」として、本年度は約38億円支出されている。これに授業料や各種研究交付金、寄付などを合算して人件費や研究費用、一般管理費などに充てている。21年度決算に基づく教員人件費は24億1574万6000円となっている。

山下氏は千葉県出身。京都大学大学院修了後、同センター助手、准教授を経て、2016年に同センター特任教授に就任していた。ILC戦略会議議長、高エネルギー物理学研究会議ILC推進パネル委員長なども歴任し、講演や誘致関係者との会合のため、本県をたびたび訪れていた。
県立大の鈴木学長や同センター長の浅井祥仁教授らによると、山下氏は昨年12月末で特任教授の任期が終了。次の長期的な就任先が決まるまでの間、県立大特任教授を務めることになった。業務は、滝沢市の県立大キャンパスではなく、県東京事務所=東京都中央区=を拠点にILC誘致活動に携わる。鈴木学長は「月に何度か県庁や滝沢のキャンパスに来て対面の業務をすることはある」と説明する。
一方同センターでは今月27日まで、ILC計画の推進や人工知能(AI)研究を駆使した物理研究手法の開発に携わる特任准教授を募集中。浅井教授は、山下氏の後任募集という趣旨ではないとした上で「大学が行う本来の活動は研究。新しいAI技術を投入した検出の方法など、分野内の課題解決につながる研究に従事する人材を確保するのが目的」と説明している。
県立大は公立大学法人のため会計処理は県会計から独立しているが、県一般会計から「運営交付金」として、本年度は約38億円支出されている。これに授業料や各種研究交付金、寄付などを合算して人件費や研究費用、一般管理費などに充てている。21年度決算に基づく教員人件費は24億1574万6000円となっている。
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- tanko 2023-1-12 9:00

臼田観測所の電波望遠鏡がFRBの電波をとらえるイメージ図=(C)東京大学
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程の池邊蒼汰さん(24)=兵庫県出身=や国立天文台水沢VLBI観測所の本間希樹所長(51)らは、地球から約13億光年離れた宇宙から届く電波信号「高速電波バースト(FRB)」の検出に、日本で初めて成功した。池邊さんは同観測所にも所属し、本間所長らの指導を受けながら研究を進めてきた。本間所長は「FRBは天文学界で注目を集めている謎の多い天文現象。今後は水沢の電波望遠鏡も使って研究を進めることができたら」と願っている。研究成果は12日付の天文学専門紙「PASJ」に掲載された。
(児玉直人)
指導教官の本間希樹所長「学界が注目する現象」
FRBは1秒に満たないが非常に激しい電波信号が突然届く現象。2007年に初めて発見された。爆発を意味する「バースト」の呼び名が付けられているが、発生源が銀河系の外にあるため、地球に届いても人体や日常生活、通信環境に影響を与えるようなものではないという。どのような天体が発生源になっているか分かっておらず、ブラックホールなどと同様「謎」のベールに包まれており、天文学の世界で注目されている現象だ。これまで100個以上の検出例があるが、いずれも海外の電波望遠鏡によるものだった。
池邊さんらが観測したのは、おうし座の方向にある天体から発せられたFRB。昨年2月18日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用する臼田宇宙空間観測所=長野県佐久市=の電波望遠鏡(直径64m)を用い、日本初の検出に成功した。
池邊さんや本間所長によると、FRBには同じ天体(発生源)から1回だけバーストが検出される「単発型」と、複数回検出される「リピート型」がある。過去の観測結果では、単発型のほうがリピート型より明るいという傾向が示されていた。しかし、池邊さんらが観測したリピート型のFRBは、単発型並の非常に明るい信号を発していることが判明。本間所長は「今まで言われていたシナリオが変わるかもしれない」と語る。
池邊さんは水沢観測所が運営している天文広域精測望遠鏡(VERA)を使った研究にも取り組んできたが、今年で大学院を修了予定。「研究一筋ということはできないが、FRBの解析に必要なソフトウエアの開発など、何らかの形で今後も携わり、FRBの正体を解明したい」と意気込みを見せている。
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- tanko 2022-12-29 9:00
北上山地が有力候補地とされる素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の実現を目指す素粒子物理学者らは、実験装置の技術開発を行う新組織「ILCテクノロジーネットワーク(ILC TN)」を立ち上げる。国内外の研究所の連携体制を構築し、重要度の高い技術課題の解決などを優先的に進める考えだ。(児玉直人)
研究者側は当初、早ければ本年度中にも日本誘致を前提とした準備研究所(プレラボ)開設を想定していた。しかし、文部科学省ILC有識者会議は今年1月、日本誘致を前提としたプレラボの設置は「時期尚早」との見解を提示。研究開発戦略の練り直しが求められていた。
特に施設設計などいわゆる「サイト問題」は、建設場所が定まっている上で進められるもの。研究者側は本県南部の北上山地を有力候補地と位置付けているが、日本政府が正式に認めたものではない。国際的な費用分担などの枠組みが見えない限り、サイト問題には手を付けられない状況にある。
研究者側は「ILC TN」を立ち上げ、実験装置の技術開発や課題解消など、サイト問題に依らない部分の取り組みに当面は力を入れていく。財政難や新型コロナウイルス、ウクライナ情勢などもあり、政府間協議開始の見通しは不透明。そんな状況の中、当該分野の研究や技術開発の流れを停滞させたくないとの思いもうかがえる。
「ILC TN」では、プレラボで実施する予定だった作業のうち▽電子と陽電子の粒子を光速状態にまで加速する「超電導加速空洞」▽陽電子の発生装置▽粒子ビームの絞り込み││に関する課題に取り組む。ILCを推進する国内研究者組織「ILC-Japan」、高エネルギー加速器研究機構などが中心となり、世界の研究所が連携して活動していく。
ILC-Japanで共同研究部門座長を務めている、広島大学大学院の栗木雅夫教授は「本当は立地に関する取り組みも進めたいが、そこにまだ着手できない現状がある。技術開発などやれるところから優先的に進めていこうとなった」と説明している。
研究者側は当初、早ければ本年度中にも日本誘致を前提とした準備研究所(プレラボ)開設を想定していた。しかし、文部科学省ILC有識者会議は今年1月、日本誘致を前提としたプレラボの設置は「時期尚早」との見解を提示。研究開発戦略の練り直しが求められていた。
特に施設設計などいわゆる「サイト問題」は、建設場所が定まっている上で進められるもの。研究者側は本県南部の北上山地を有力候補地と位置付けているが、日本政府が正式に認めたものではない。国際的な費用分担などの枠組みが見えない限り、サイト問題には手を付けられない状況にある。
研究者側は「ILC TN」を立ち上げ、実験装置の技術開発や課題解消など、サイト問題に依らない部分の取り組みに当面は力を入れていく。財政難や新型コロナウイルス、ウクライナ情勢などもあり、政府間協議開始の見通しは不透明。そんな状況の中、当該分野の研究や技術開発の流れを停滞させたくないとの思いもうかがえる。
「ILC TN」では、プレラボで実施する予定だった作業のうち▽電子と陽電子の粒子を光速状態にまで加速する「超電導加速空洞」▽陽電子の発生装置▽粒子ビームの絞り込み││に関する課題に取り組む。ILCを推進する国内研究者組織「ILC-Japan」、高エネルギー加速器研究機構などが中心となり、世界の研究所が連携して活動していく。
ILC-Japanで共同研究部門座長を務めている、広島大学大学院の栗木雅夫教授は「本当は立地に関する取り組みも進めたいが、そこにまだ着手できない現状がある。技術開発などやれるところから優先的に進めていこうとなった」と説明している。
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- tanko 2022-12-7 18:50

写真=天文台の今昔を感じさせる特集や記事が掲載されている「国立天文台ニュース」の最新号
国立天文台(常田佐久台長)が発行した最新の情報誌「国立天文台ニュース」第338号(2002秋号)は、「天文台のあるまち水沢」の今昔を知る読み応えある構成となっている。「ブラックホールの謎に迫る」をメイン特集とし、同天文台水沢VLBI観測所が関係するブラックホール(BH)研究の最新情報、観測所敷地内にあるスーパーコンピューター(スパコン)「アテルイII」による研究成果などを紹介。さらに、旧水沢緯度観測所時代に活躍した知られざる所員の功績にも触れており、苦労しながらも自らの進むべき道をひらいた地元出身の若者たちの思いが垣間見られる。(児玉直人)
BH関連記事は、VLBI観測所の本間希樹所長や秦和弘助教、同観測所で研究業務に従事している東京エレクトロンテクノロジーソリューションズ(株)の田崎文得さんらが担当。「アテルイII」については、同天文台科学研究部の町田真美准教授が執筆し、BH研究でスパコンがどのような役割を果たしているかを解説した。
最新の研究成果とともに、水沢の過去の功績に関する記事も掲載。国立科学博物館科学技術史グループ研究員の馬場幸栄さんは「白黒写真で見る緯度観測所の所員たち」と題し、VLBI観測所の前身である旧緯度観測所で活躍した人たちを取り上げた。
同天文台学芸員だった馬場さんは2015年9月、VLBI観測所内の一室で無整理のまま保管されていたガラス乾板写真を発見。以来、復元プリントした写真から得られた情報を一般公開し、地域住民への聞き取りなど地道な調査を実施した。その結果、今まで広く知られていなかった研究分野以外の一般所員の名前や功績に光を当てることができた。
初代所長の木村栄博士は、組織運営でも優れた才能と先見性を発揮。地元の女性たちを積極的に採用していた。それを裏付けるように、写真には袴姿の女性が多数見られた。
女性所員の飯坂タミ子さんは14歳の若さで観測所に就職。一度も計算ミスをしたことがなく、同僚から「計算の神様」と呼ばれた。
飯坂さんの後輩、寺島倭子(しずこ)さんは家計を支えるために観測所に就職。3代目所長の池田徹郎氏が開設していた無料塾「池田教室」で数学を学んだ。
当時は経済的な理由で進学できなかった人も多く、池田氏は向学心ある若者の育成に尽力した。さらに「結婚や妊娠、子育てのために女性が仕事を辞める必要はない」と、寿退社の慣例を疑問視。寺島さんは結婚後も短い期間ではあったが仕事を続けたという。
馬場さんは「緯度観測所の存在を風化させないことも大切だし、木村博士以外の所員たちの活躍にも注目し、正当に評価されるべきだ。経済的理由や性別を背景に進学ができなかったり、希望する仕事に付けなかったりした当時の人たちと同じ境遇が、今の時代の若い人たちの中にもある。当時の人たちの姿に触れてもらうことで、自信や希望に少しでもつながれば」と話している。
最新号の情報誌はPDFデータでも公開されており、同天文台ホームページで閲覧、入手ができる。
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- tanko 2022-11-24 6:10

写真=沖野大貴さんらの研究チームがとらえた「クエーサー 3C 273」のジェットの姿(左と中央)。右はハッブル宇宙望遠鏡で観察した当該天体の姿 (C)Hiroki Okino and Kazunori Akiyama; GMVA+ALMA and HSA images: Okino et al.; HST Image: ESA/Hubble & NASA
東京大学大学院理学研究科博士課程3年の沖野大貴さん(28)=広島県出身=は、地球からおよそ億光年の距離に位置する天体「クエーサー 3C 273」から噴き出すジェットの最深部を捉えることに成功。国内外の研究者とチームを組み、宇宙ジェットの生成に関する重要な成果を発表した。沖野さんは東京都三鷹市の国立天文台本部で活動しており、同天文台水沢VLBI観測所の本間希樹所長が指導教官を務めている。
(児玉直人)
クエーサーは、膨大なエネルギーを放出している天体で、非常に明るく輝いているのが特徴。中心部には巨大ブラックホール(BH)が存在する。中心部からは電気を帯びたプラズマ粒子が高速で噴出するジェットが見られ、他の銀河の進化や周辺宇宙環境にも影響を与えている。
「3C 273」と名付けられたクエーサーは、地球から見ておとめ座の方向にあり、距離はおよそ25億光年(1光年=9.5兆km)。人類が初めて発見(確認)したクエーサーで、一般の天体望遠鏡でも観察できる。ジェットの長さは100万から200万光年に達するが、その最深部がどうなっているかは明らかになっていなかった。
沖野さんの国際研究チームは、南北アメリカ大陸やハワイ、ヨーロッパに点在するカ所の電波望遠鏡を連動させ2017年に観測。集めたデータを解析するVLBI(超長基線電波干渉法)によって観測した。使用した電波望遠鏡の中には、日本などが参画してチリに建設したALMA望遠鏡もある。
観測と解析の結果、クエーサー中心部の巨大BHの重力支配領域を越えた遠方でも、ジェットが細く絞り込まれているのを確認。活動性が高いクエーサーの中心部における、ジェットの構造を初めて明らかにした。
より広範囲のVLBI観測網を構築したのに加え、さまざまな周波数帯を使って観測したことで、非常に視力の高い観測結果が得られた。データ解析では、人類初のBH撮影に成功した国際プロジェクトで日本チームが開発に貢献したソフトが使用された。
沖野さんとともに研究チームの中で活動した本間所長は「今後このような観測的研究がますます進み、高い解像度を生かして多種多様な天体のジェットの性質が明らかになっていくことを期待したい」とコメントしている。
今回の研究成果は、21日付の天体物理学雑誌『アストロフィジカル・ジャーナル』(米国)に掲載された。