人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)
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tanko 2022-1-30 17:40

写真=「アストロノミカルジャーナル」1902年2月号に掲載されたZ項の論文。後に「Z」を用いて表現される数式(右の矢印部分)や、水沢緯度観測所の名前と執筆日(左の矢印部分)などが記載されている

 旧水沢緯度観測所の初代所長を務めた木村栄博士(1870〜1943)が、地球の緯度変化を示す数式に用いられる「Z項」を発見し、論文として公表してから今年で120年。緯度観測所の歴史を引き継ぎ、ブラックホールなどの研究を推進している国立天文台水沢VLBI観測所の本間希樹所長(50)は学術的意義に加え、国際的科学プロジェクトにおいて日本が初めて示した成果という点でも重要だと強調している。
(児玉直人)

水沢から発信された“日本初”国際的成果


木村栄博士

 1888年、国際(万国)測地学協会は、国際緯度観測事業(ILS=International Latitude Service)の実施を決定。当時、天文学や測地学の分野で最大の謎とされていた、地球の自転軸のふらつき(極運動)によって生じる緯度変化を詳細に調べるのが目的だった。北緯39度8分上に観測所を設置。日本で選ばれた場所が水沢だった。
 1889年に観測が始まるが、しばらくしてドイツのILS中央局から「水沢の観測結果は誤差が大きい」と指摘を受ける。落第点を押し付けられたような形となった木村博士だったが、やがて全観測地点の緯度が季節によって大きくなったり、小さくなったりしていることに気付いた。
 緯度変化を示す数式は「Δφ = x cosλ + y sinλ」とされていたが、そこに謎の緯度変化を示す値(項)を加え「Δφ = x cosλ + y sinλ + z」としたところ誤差が小さくなった。そればかりか、水沢の観測結果は他地点より精度が高いことも証明された。
 木村博士は1902年1月6日付でZ項発見の論文を執筆。翌月、アメリカの天文学専門雑誌「アストロノミカルジャーナル(Astronomical Journal)」で発表された。同じ論文は後に、独専門誌でも取り上げられた。
 ただ、論文を発表した時点では「Z」ではなく、未知数を表す際に用いるギリシャ文字14番目の「ξ(グザイ)」を当て、「φ − φ0 = ξ + x cosλ + y sinλ」としていた。
 木村博士の功績を象徴するZ項は水沢地域の誇りに。「Z」の文字は市立水沢小学校や県立水沢工業高校の校章デザイン、市文化会館や市総合体育館、市営バスの愛称などに用いられている。
 VLBI観測所の本間所長は「Z項は地球の内部が流体核(金属がとけた状態)であることに起因しており、その後の地球の内部の研究に道を開いた」と学術的な意義を説明。「明治期の日本が近代国家を目指す上で、国際的な科学プロジェクトにおいて初めて挙げた世界的な成果。現代に生きる私たちも、大先輩である木村博士に倣い、優れた研究成果を打ち出していきたい」と話している。
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tanko 2022-1-27 9:30
 北上山地が有力候補地とされている素粒子実験施設・国際リニアコライダー(ILC)計画について達増拓也知事は26日、県庁で開かれた定例記者会見で、文部科学省のILC有識者会議終了を受け「社会的好影響や社会・政府全体で取り組んでいくべきではないかという、前向きな意見もあった」と所感を述べた。
 有識者会議は今月20日に最終会合が行われた。昨年夏から実施してきた計画の進展状況や準備研究所(プレラボ)設置などに関する議論の成果物として公表する「議論のまとめ」の内容について意見を交わした。
 「議論のまとめ」では、研究意義や技術的課題に対する一定の成果は認めるものの、独仏英3カ国政府機関が財政的に難色を示しているなど、今後の見通しを明確にするような大きな進展が見られていないと指摘。研究者側が今年中にも設置するシナリオを描いていた準備研究所(プレラボ)について、時期尚早であるとの見解を示し、技術開発とサイト(建設地)が絡む問題をいったん切り離すよう提言した。日本の誘致前提にこだわった現状の推進方法や、地域住民を含めた国民理解の在り方についても再検討するよう求めた。
 県はILC計画を推進する素粒子物理学者らの意見を取り入れながら、経済団体、北上山地周辺自治体などとも連携し、北上山地誘致実現を前提とした取り組みを展開。専門部署である「ILC推進局」を設置し、関連事業を展開している。
 達増知事は「今現在、日本政府として何も正式に決めていないということを踏まえ、現状での対応という方向に話がまとまってきているが、その中でもILCの可能性やメリットが一定程度確認された。政府決定やその前提となる外国政府間とのやりとりが進んでいけば、それに沿った形で認識も変わっていくと思う。県としては、ILCが前進していく方向で努めていきたい」と述べた。
 「議論のまとめ」は、文言等の修正などを経て後日公表される見通しだ。
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tanko 2022-1-21 9:40
 素粒子実験施設・国際リニアコライダー(ILC)計画に対する課題を検証している文部科学省ILC有識者会議(座長・観山正見岐阜聖徳学園大学長、委員14人)は20日、計画を推進する研究者側が提案していた準備研究所(プレラボ)の設置について、時期尚早とする趣旨の「議論のまとめ」を大筋で了承。学術的意義を認めながらも、日本誘致を前提とした現状の推進方法、国民理解の在り方について再検討するよう求めた。「まとめ」は、文言修正などをした上で、後日最終版が公表される。同日の第6回会議をもって2期目となる同会議は役割を終えた。

 2014(平成26)年5月に発足したILC有識者会議は、当時示されていたILC計画に対する課題を指摘した「議論のまとめ」を2018年7月に公表。一度役割を終えた有識者会議だったが、2021年に入り推進研究者側が、指摘された課題の対応状況を文科省に自主報告したほか、プレラボ設置を提案。文科省は一連の動きを受け、2期目と位置付けた有識者会議を再開させた。推進研究者側と意見交換しながら、プレラボ提案書や課題回答の内容を精査し、議論を取りまとめた。
 有識者会議は、一定の技術進展や学術的意義を認めつつ▽各国政府の具体的な参画や経費負担に対する見通しが依然立っていない▽国民理解等が不十分――などの課題を列挙。研究者側が提案している日本誘致前提のプレラボ設置について時期尚早とする基本的な考えを示した。
 ただし、当該分野の振興や次世代研究者の育成などの観点から、国内外の研究機関が連携し技術開発などを着実に実施する道筋を模索すべきだと指摘した。そのために、どこに建設するかという要素が絡む立地問題(サイト問題)については、いったん計画から切り離すべきだとした。サイト問題は、国際費用分担などを巡る議論を硬直化させており、必要な技術開発や研究分野の振興発展をも鈍化させている大きな要因になっている――との見方によるものだ。
 同日示された「まとめ」の当初案では、プレラボ設置については「困難である」という強い表現が用いられていた。会議の中で中野貴志委員(大阪大学核物理研究センター長)が、当該分野の研究そのものを閉ざすネガティブな印象を与えないよう修正を提案。中野委員は「今はそういう環境、状況でもないという意味からも『時期尚早』と変えられないか」と述べ、他の委員から賛同する声があった。
 このほかにも文言や表現について、複数の委員から意見があった。会議は同日が最終回だったが、文科省は委員の意見を反映した修正を施し、再度電子メールで修正内容を委員に提示。確認の上、観山座長の一任で最終版を決定する。
 文科省素粒子・原子核研究推進室は「『議論のまとめ』を受け、研究者側がどのようにILC計画の進め方を再検討するのか注視していきたい」と話している。


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【解説】理解周知も見直しを


 文部科学省国際リニアコライダー(ILC)有識者会議は20日、研究者側が提案していた日本誘致前提の準備研究所(プレラボ)設置に待ったを掛けた。プロジェクトの推進方法に加え、国民理解を目的とした周知方法についても見直しを求めた。
 ILC計画最大のネックは、巨額予算や人的資源などの確保。日本政府は「欧米の費用負担の確約がなければ意思表明できない」。欧米政府は「日本の明確な意思表示があれば参加してもいい」という雰囲気で、腹の探り合いになっている。
 どっちが先か――で議論は堂々巡りし、一向に進展しない。有識者会議の中では、しばしば「ニワトリが先か、卵が先か」の話に例えられた。
 この議論に付き合い続ければ、素粒子物理や加速器科学の研究、技術開発も進まなくなる。有識者会議は、費用分担を巡る問題なども含め場所に関わる「サイト問題」をいったん切り離し、研究や技術開発は着実に進めるべきだとの道筋を示した。学術の継続的な振興と、厳しい財政状況などという現実問題を考えた末、絞り出した答えだった。
 ILC計画の存在が明らかになってから10年余り。当該分野の研究者たちは、北上山地周辺の産学官関係者と連携し「日本誘致、東北誘致の実現」を声高らかに訴え続けてきた。しかし、ここにきて「誘致」前提の活動が思わぬ足かせになった格好だ。
 有識者会議が正午前に終わってから1時間余り、偶然にも奥州市立広瀬小学校では市ILC推進室による出前授業が行われた。有識者会議の「議論のまとめ」では、このような一般住民や子どもたちを相手にした理解普及の在り方も問いただしている。出前授業や講演会のような一方的な情報発信、あるいは安全対策の繰り返し説明による説得など、従来の広報活動にありがちなスタイルではなく、「双方向的コミュニケーション」の実施に努めるよう求めている。科学技術社会論の分野で重視されている手法だ。
 有識者会議で、同論が専門の横山広美委員(東京大学教授)は「『理解増進』という言葉があるが、非常に古くて押し付けて決めたことを理解せよという雰囲気がある。今は双方向コミュニケーションが求められている」と強調する。
 県ILC推進局、奥州市ILC推進室の担当者は、文科省が今後公表する「議論のまとめ」の最終版をもとに、関係者と今後の取り組みについて検討するという。最先端の研究施設を切望する誘致関係者。その理解・周知方法も「最先端」であってほしいと願う。
(児玉直人)

写真=市立広瀬小で行われたILC出前授業。有識者会議では一方的情報発信ではなく、双方向コミュニケーションの実施を求めた

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