人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)
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tanko 2018-10-31 18:40
 盛岡広域振興局は、国際リニアコライダー(ILC)の誘致実現と県内外への情報発信を図るため、今年も「ILCオリジナル年賀はがき」を製作。11月1日から販売する。
 県ILC推進協議会と県印刷工業組合、盛岡中央郵便局が連携した取り組み。2014(平成26)年から続いている。
 今年も額面の下と、くじ番号の中央部分にロゴやイラスト、キャッチフレーズなどを印刷。全国各地に配られる年賀状を利用して、ILC計画の周知と実現に向けた機運を高める。
 販売金額は1枚62円。無地用紙のみの取り扱いで、インクジェット紙や写真専用紙では販売しない。2万8000枚を製作し、無くなり次第販売終了となる。
 購入先は同組合加盟の県内印刷会社で。事前に同組合(電話019・641・4483)に問い合わせすると、購入先となる印刷会社を紹介される。
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tanko 2018-10-31 18:30
 ドイツ連邦議会のステファン・カウフマン議員は30日、素粒子研究施設・国際リニアコライダー(ILC)の有力候補地となっている、本県の北上山地を視察した。カウフマン議員は「今はドイツや他のEUの国が、今後の物理学分野の研究方針を検討中だが、一つ確かなのは、日本政府に、はっきりやりたいという意見を示してほしいということ」と述べ、「コストも当初より抑えられた。今年中に(日本政府の)決定がおりると期待している」と期待を込めた。

 カウフマン議員は、ILCに関する日本と欧州との国際間調整で重要な役割を担っている人物。ドイツ電子シンクロトロン(DESY)のヨアヒム・ムニック所長、フランスのサクレー研究所のマキシム・ティトフ氏とともに来日した。29日には、日本の超党派国会議員で組織する「リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟」のメンバーと都内で意見交換している。
 3人は30日、本県入りし、一関市内で達増拓也知事と意見交換。その後、ILC建設想定エリア付近にある同市大東町大原の大原市民センターを訪れILC関連の展示資料を見学したほか、同センター近くの候補地現地を視察した。
 現地視察では、県の担当職員が視察場所の真下をILCのトンネルが通る予定であることなどを説明した。カウフマン議員は、一部の地元住民からILC建設に対し不安の声も出ている点について質問。担当職員は、放射能や環境への影響、将来的な核廃棄物の捨て場に利用されることへの懸念が出ているとし、住民向けの説明会を開催し対応している状況を伝えた。
 視察後の報道陣の取材に応じたカウフマン議員は、「県民が興味を持っていることや、受け入れの準備作業も進んでいることも分かった。ILCプロジェクトにより、東日本大震災による被害を克服し、国際的にも注目を浴びることになるだろう」と話した。
 ILC誘致により日本が負う覚悟をしなければならないリスクとして「場合によっては、途中で事前に考えなかった負担が出る可能性も意識しないといけない」とも指摘。その上で「ILCができたら、国際社会やさまざまな会社、海外の組織が興味を持ち、加わることも確かだ。マイナス面だけでなく、プラス面にも想定外のものが出てくるだろう」と、国際的関心の高いプロジェクトであることを強調した。
 地元住民らが不安視する環境や放射能リスクについては、「そういうリスクはないと思う。逆に、チャンスがたくさんあるプロジェクトだ」と述べた。

写真=ILC建設想定地の北上山地を視察したステファン・カウフマン・ドイツ連邦議会議員(右から2人目)ら(一関市大東町大原 )
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tanko 2018-10-29 10:50
 創立50周年を迎えた県立水沢工業高校(南舘秀昭校長、生徒418人)の文化祭「水工祭」で28日、1年生有志が製作した国際リニアコライダー(ILC)の模型がお目見えした。模型は電気科、機械科、設備システム科、インテリア科の知識と技術を結集。来場者にILCがもたらす可能性をPRしながら誘致実現の機運を高めた。

 本年度からILC推進モデル校に指定されている同校。県内のモデル校内では唯一の工業系高校だ。文化祭に向け、「工業高校らしい企画を」と職員間で持ち上がり、全学科の1年生13人でILC推進プロジェクトを立ち上げた。
 模型は、直径約1mの球体で実験装置を改良して製作。球体の中をのぞくと両側からレーザーポインターの光が照射され、電子と陽電子が衝突し宇宙創成の謎に迫るILCの加速器を再現した。
 電気科が配線、機械科が装置の組み立てなど全学科の学びを総動員して組み立てた。今月初旬から製作に取り掛かり、当日朝まで調整が続けられたといい、入学後初めての大作を完成させた。
 模型製作に携わった電気科1年の高橋佳秀君(15)は「のぞき穴のフィルムを貼るのが苦労した。ILCは大きな経済効果をもたらし震災復興を加速させると期待している。地元誘致が実現したらILCに関連する企業で働きたい」と夢を膨らませた。
 生徒たちを指導した電気科の田頭将敬教諭(33)は「新しい分野に興味を持ち、意欲的にチャレンジしてくれた。この経験は将来必ず役に立つはず」と期待した。

写真=水沢工業高校の1年生が製作したILCの粒子衝突の瞬間を再現する模型
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tanko 2018-10-28 8:40
 北上山地が有力候補地となっている素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」について、米国テキサス州アーリントンで開催中の国際会議「リニアコライダーワークショップ(LCWS)2018」の参加科学者と、国際研究者組織リニアコライダー・コラボレーション(LCC)は現地時間の24日、ILC実現に向けた強い意志を示した「テキサス宣言」を発表した。科学者らはILCの日本での実現のためには、あらゆる努力を惜しまないとする決意を示しながら、「われわれは前進するためのシグナルを待ち望んでいる」と訴え、日本政府がILCをホストする意思を表明することに、これまで以上に強い期待感を示した。
 LCWSは毎年開催されているリニアコライダー関係の国際会議。一昨年は盛岡市が会場になった。
 声明文では「日本政府がILCをホストする意思を表明すれば、必要な国際合意を得るため、それぞれの政府に対してこれまで以上に集中的に働き掛ける。ILC計画が本格的に動きだしたら、約束通りの成果を達成する用意がある」と主張している。
 ILCを推進する世界の高エネルギー物理研究者は、これまでも国際会議などの機会を利用してILC実現に対する「宣言」を発表。科学的意義と技術的なメリットをアピールしてきたが、今回はより一層強固な決意をにじませた内容となった。日本政府の判断に影響を与えるとされる日本学術会議の審議で、委員からILC計画に厳しい意見が相次いでいることが背景にあり、科学者サイドの本気度をより強く示したとみられる。
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tanko 2018-10-27 8:30
 西澤潤一氏(にしざわ・じゅんいち=岩手県立大学初代学長)が21日に死去した。92歳だった。仙台市出身。葬儀・告別式などは近親者で既に執り行った。
 東北大学工学部を卒業後、同大学電気通信研究所に在籍。半導体や光通信に関する数々の技術を生み出し、「ミスター半導体」「日本の電子工学の父」などと呼ばれた。1989(平成元)年に文化勲章、2002年勲一等瑞宝章を授章。電気工学・電子工学技術者学会(IEEE)は、西澤氏の名を冠した賞「IEEEジュンイチニシザワメダル」を2002年に創設し、材料科学や素子技術分野に貢献した人物に毎年贈られている。
 1990年11月から1996年まで東北大学総長を務め、1998年には岩手県立大の初代学長に就任。2005年3月に退任するまでの間、本県の高等教育の振興や人材育成に貢献し、地域に出向いての講演活動も積極的に展開した。
 北上山地への誘致が期待される素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」についても、計画が水面下だった時代から実現に向けた取り組みに携わっていた。
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tanko 2018-10-26 10:50
 国際リニアコライダー(ILC)では、電子と陽電子を衝突させる実験をするそうですが、どれくらいの速さでぶつかるのですか?

299792.458×0.9999999999です

 ILCでは、電子および陽電子を全長20kmの長さのトンネルの中で、超電導(超伝導)空洞加速と呼ばれる加速管を使い250GeV(ギガエレクトロンボルト)にまで加速します。もう少し正確なことを言うと、全長20kmのトンネルの真ん中で衝突させるので、電子と陽電子それぞれの加速に使う長さは、衝突地点の装置や末端の折り返し部分などを除くとせいぜい10kmに満たない距離です。
 さて、GeVという単位はこれまでもこのコーナーで何回か出てきましたが、やはり日常でなかなか使わないので忘れてしまったかもしれません。これはエネルギーの単位です。1eV(エレクトロンボルト)は、1個の電子が1V(ボルト)の電圧で加速されたときに与えられるエネルギーのことです。したがって、250GeVというのは、電子1個が、2億5000万ボルトの電圧で加速されたときに得られるエネルギーです。
 電子または陽電子が250GeVのエネルギーを与えられた状態でお互いを衝突させるわけですが、そのときどの程度のスピードが出ているのかを知りたいという質問になるかと思います。
 加速された粒子と止まっている標的とが衝突するとき、衝突のエネルギーは「粒子のエネルギーの平方根に比例する」という考え方が成り立ちます。つまり、衝突のエネルギーを2倍にするためには、加速器のエネルギーは4倍にする必要があります。
 一方、ILCのように同じエネルギーを持った粒子同士を正面衝突させると、衝突のエネルギーは「それぞれの粒子の足し算になる」という考え方になります。止まっている標的への衝突の時より、とても単純な計算ですね。この場合、衝突のエネルギーを2倍にするには、加速器のエネルギーも2倍にすれば良いのです。
 このように粒子をそれぞれ反対方向に走らせて、正面衝突させる加速器を衝突型加速器といい、英語では「コライダー(Collider)」と呼びます。ILCの「C」はコライダーの頭文字なのです。
 ILCは数年前、トンネルの全長を31kmから20kmに短縮して、実験を始める計画に変更されました。これにより加速するエネルギーは、電子と陽電子を合わせて500GeVから250GeVになります。
 ILCで衝突させる電子と陽電子は、それぞれ光速度(秒速299792.458km)の99.99999999%にまで加速されます。したがって電子および陽電子の衝突する直前の速度は、299792.458×0.9999999999で計算できます。普通の電卓では桁数がオーバーしてしまいますので、ぜひ大きめの紙でも使い筆算をしてみてください。
(奥州宇宙遊学館館長・中東重雄)

番記者のつぶやき
 昨年10月13日から連載してきました「ILC子ども科学相談室」は、今回をもって終了します。長い間、読んでいただきありがとうございました。執筆の協力や監修をいただいた奥州宇宙遊学館の中東重雄館長にもあらためてお礼申し上げます。
 ILCはとても夢の詰まったプロジェクトだと思います。また、世界中の人たちが一つの目標に向かって知恵を出し合い、協力するという考え方はとても素晴らしいことです。
 ただし、夢がいっぱいあるようなILCであっても「本当に実施してよいのか」と、冷静に考えなくてはいけない部分もあります。ILCを造るにはお金がかかります。しかも、お金を出せる規模には「限界」があります。また安全面の問題をしっかり説明し、解決できなければ建設候補地の地元に住んでいる人たちは不安になります。
 さまざまな条件や問題点を丁寧に説明し、解決していかなければ、このような大きなプロジェクトは実現できません。単純に「宇宙の実験は楽しそう」「キャラクターがかわいいからILCは面白い」というだけでは、冷静に判断できません。
 冷静な判断ができるようになるには、これから大人になる皆さんはどうしたらよいのでしょうか。一つ言えることは、日々の勉強や友達との付き合い、家族や先生とのコミュニケーションなどを通じて、いろいろな考え方や知識を身に付けていくことです。
 自分と反する考えや主張にぶつかって、悩むこともあるでしょう。学校のテストと違い、正しい答えが出せない問題に直面することもあるでしょう。しかし、そのような体験を含め、いろいろなことと向き合う場面が多ければ多いほど、物事を冷静に見ることができるようになると思います。小中高生の皆さんにとって、今はいろいろな判断ができるようになるための準備期間です。頑張ってください。
(連載は児玉直人が担当しました)

写真=ILC実現を呼び掛ける看板に記されたILC建設想定地の地図。全長20kmの規模だと、地図に描かれた線よりも短くなります
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tanko 2018-10-25 10:10
政策論からのアプローチ ?
住民対話「1、2回ではだめ」
推進する研究者は責任持ち臨んで

有本建男氏(政策研究大学院大学客員教授)

 ――政府が前向きな判断を示さず、日本でのILC実現が困難だとなった場合、日本の科学振興や人材育成などに大きな影響はあるか。
 有本氏 素粒子分野の人たちにとっては、もちろん影響があると思う。しかし、科学技術分野全体からどの程度の影響なのか。日本で実現ができないとなれば、他の場所での可能性を探ることも考える。
 岩手や東北の方々は、ILCを実現したいとする研究者側の求めに応じ、多くの時間や予算を費やして、誘致活動に関わってきたのだと思う。もし、ILCの国内実現が困難となったとき、これに対してどのようなフォローをしていくのか、学術界としてしっかりと考える必要性がある。



 ――本県ではILCへの理解普及が熱心に繰り広げられてきた。一方、最近になって候補地の地元住民の一部から、ILC推進に疑問を投げ掛ける動きが表面化している。ILCを推進する側は、このような人たちにどう接するべきか。
 有本氏 日本が巨大な投資をするような政治的・社会的な行動を起こすのであれば、ILCで一体何ができるのかをまず分かりやすく説明し、納得してもらうことが当然だ。
 ILCに懐疑的な思いを抱く住民と、推進しようと考える住民との間に深い溝ができるのは最もよくない。ILCを推進する研究者たちは、自分たちのプロジェクトが原因となって住民対立を生んではいないか、しっかり責任を感じてほしい。
 住民の皆さんと膝を突き合わせて話をすることに尽きる。今の研究活動の多くは、地域社会とつながらなければやっていけない。コミュニケーションを取り、信頼を得るような努力は非常に重要だ。これは1回、2回で済むものではない、何度も繰り返し続けなければいけない。学術会議自体も候補地に出向き、地元の人たちと話す機会があっていいと思う。
 候補地の近く、奥州・水沢といえば緯度観測所(現・国立天文台水沢VLBI観測所)のことが頭に浮かぶ。初代所長の木村栄博士は文化勲章受章者の第一号。明治時代に日本独自で世界トップの業績を挙げた。これはものすごいことだ。このような施設がある環境、風土を地元の皆さんはあらためて認識し、大切にしていってもらいたい。

(7回にわたり掲載した「熱願冷諦――ILC誘致、識者は語る」は今回で終了します。児玉直人が担当しました)

写真=高校生と科学やILCについて語る素粒子物理学者(右)。誘致関係者は、ILC実現に期待を寄せる人たちとの交流を積極的に行ってきたが、ILCに疑問を抱く人たちや不安を感じる人たちとの対話についても、何度も繰り返す必要があると有本建男氏は指摘する
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tanko 2018-10-24 6:20
政策論からのアプローチ ?
別枠予算の実現 考えにくい
他分野研究者 懐疑的見方か

有本建男氏(政策研究大学院大学客員教授)

 ――2度目となる学術会議でのILC議論だが、前回と同様、素粒子物理学以外の専門家を中心に厳しい指摘が相次いでいる。このような雰囲気の議論になっているのはなぜか。
 有本氏 日本の科学技術予算は、毎年およそ4兆5000億円ぐらい。ILCを推進している人たちは「これに影響を与えないような新しい予算枠を設けます」と言っているが、厳しい財政事情の下で、そんなことができるのか。
 一時しのぎでそんな状況がつくれたとしても、全体の予算を考えると「これはできないだろう」と他分野の研究者たちは分かり出してきているのではないか。予算面に対する影響のインパクトは相当に大きなものだと思う。



 ――仮に学術会議が慎重な見解を示したのに対し、政治の側が「それでも推進する」となった場合、学術界と政界との間に亀裂が生じることになるのでは。
 有本氏 科学と政治とが絡む問題は、GMO(遺伝子組み換え生物)や福島第1原発事故などでも見られるように、互いの関係がバランスを欠き、信頼感を失うという状況をこれまでも繰り返してきた。
 学術会議が最終的に出すのは政府への「助言」、選択肢である。政府は自らの責任として、判断を下すことになる。役割が異なる。そのことをどう受け止めるかだと思う。
 政府が推進の判断をした場合、繰り返しになるが「科学技術予算本体に影響を与えない」という対応を一時的には取るかもしれない。しかし、結果的に科学技術予算に手をつけざるを得ない状況になったら、国内ではILCを進めにくい状況になるだろう。一方で、海外の素粒子研究者たちからは「日本政府は推進すると言ってきたではないか」と迫られる。ILCを推進する人たちは、国内と国外双方から板挟みのような状況に遭うことも想定される。
 こういうことが起きないよう、政府はじっくり見定めて判断を出さなければいけない。
(つづく)

写真=他分野の研究者もメンバーとなっている日本学術会議の「ILC計画の見直し案に関する検討委員会」。2013年にも同様の検討委員会が設置されたが、スケジュールやコスト、地元との合意形成などに対し、今回も疑問の声や厳しい指摘が相次いでいる
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tanko 2018-10-23 9:40
政策論からのアプローチ ?
「政治化」で話は進むのか
地域活性以前にコスト増懸念

有本建男氏(政策研究大学院大学客員教授)

 2人目は科学技術政策の専門家で政策研究大学院大学客員教授の有本建男氏。2014(平成26)年に日本学術会議が主催した「ILC計画学術フォーラム」では、学術政策・行政の観点から、ILC計画の在り方について見解を述べた。フォーラム開催から4年。現在のILCの動向について、あらためて語ってもらった。


 ――4年前に学術会議が主催したILCフォーラムに登壇されて以降のILCの動向についてどのようなことを感じているか。
 有本氏 日本だけでなく世界の財政、経済構造は10年ほど前と比較し大きく変動している。そのような中で、日本が多くの部分を負担し、ILCのようなものを誘致できる時代なのかどうか。日本学術会議でILC誘致の議論を進めているが、大きな時代認識の下で落ち着いて考えるべき問題であろう。
 本来であれば、素粒子物理学者だけでなく、人文学や社会学、経済学といった大きなスコープの中で考える作業を最初にすべきだった。ところが、一部の人たちが政治との結びつきを重視する動きを取ってしまったのではないか。「政治と結びついていればお金がおりてくる」という時代なのか。ILCプロジェクトを政治化すれば実現へスピードアップできるとは、個人的には思えない。
 かつて米国ではSSC(超電導超大型加速器)という計画があり、1993年に議会の承認を得られず建設途中で頓挫した。これを受け米国は、資金を節約しCERN(欧州原子核研究機構)に投資する道を選んだ。研究者にとって、いかに実験時間を確保し成果を上げるかが重要。米国は国境を越えて欧州の既存施設への投資で、自国の研究者らの活動を担保する方法に転換した。日本にもこのような発想をするくらいの構想力が必要ではないか。
 日本の全学術分野に占める素粒子物理学者の割合は非常に小さい。素粒子の人たちは自分たちがやろうとしていることによって、他の研究分野にどれだけの影響を与えることになるのかも十分考えてほしい。ILCは地域活性化にも意義があるという主張もあるが、こういう超大型施設は当初よりコストが膨れ上がる例が多い。
 私は東日本大震災以降、災害復旧や復興に即効性のある研究開発成果を被災地域に実装する取り組みの一環で、津波被害を受けた漁業や農業地域の復興などに携わった。現地で寝泊まりし、被害状況を見させてもらった経験を通じて感じるのは、震災復興や地域振興は巨大施設だけでどうにかなるというものではない。残念ながら、そういった観点からの積み上げが十分にできていないと思う。
(つづく)


 有本 建男氏(ありもと・たてお) 1948年、広島県出身。京都大学大学院理学研究科修士課程修了後、科学技術庁入り。文科省科学技術・学術政策局長などを経て、現在は政策研究大学院大学客員教授、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター上席フェローなどを務める。JSTの社会技術研究開発センター長時代には、東日本大震災からの復旧・復興に、即効性のある研究開発成果を取り込む事業を各地で展開した。
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tanko 2018-10-22 9:30
リスク論からのアプローチ ?
メリットに偏る報道も問題
住民知りたいのは「事後対応」

小松丈晃氏(東北大学大学院文学研究科・文学部教授)

 ――あらためて、ILC誘致活動にどのような印象や感想を持っているか。
 小松氏 繰り返しになるが、まだ十分にILCの誘致意義が市民レベルで認知され、理解されているとは言い難い状況にある。
 ILCを巡る報道を見ると、国内の経済効果や立地場所の選定、建設時に期待される成果に関するものが中心。リスクも含めたデメリット、特に市民生活や地元経済に対するリスクや対策はほとんど伝えてこなかった。市民団体等による公開質問状提出などの動きがようやく報道されるようになったが、バランスの取れた報道がなされてきたとは思えない。住民同士の対立構造が生まれるのは良くないが、それを避けようとするあまり、デメリットやリスクに触れなかったというのであれば、適切な対応とは言えない。
 一関の市民団体の公開質問状とその回答を見させてもらったが、例えば放射能事故について、市民団体の方々は「万一起こったときの対応」(事後対応)を聞いているのに、回答のほうは「起こらないようにするための対策」(事前対応)に終始しているように感じる。住民側と推進する側にすれ違いがあるように見受けた。




 福島第1原発事故を引き合いにすると、「事前対応」は十分考えられていても、それをすり抜けて起こる「事後対応」、つまりシビアアクシデント(原子力関連施設における大規模事故)が起こったらどうするかについては、ほとんど考えてこなかったという反省があった。多重防御をしても、スイスチーズのたとえがあるように、想定外という抜け穴があり得る。
 市民団体の方々の声には、「もし事故が起こったらどうするか」「起きた場合は付近の住民は避難する必要があるのか」といった事後対応を事前に考慮しておいてほしいという思いが込められていると思う。
(つづく)

写真=「先端加速器科学技術推進協議会」のホームページにあるQ&A集(上)と、一関市で9月に開催したリスク説明会で寄せられた質問に対する回答(下)。事故や問題が起きた場合の「事後対応」に関する記載内容は具体性が乏しく、「テロの標的にならないのか」との質問に対する解答に至っては、「絶対に起きない」とも解釈できる内容だ

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