人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)
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tanko 2018-5-11 10:00
 国際リニアコライダー(ILC)の候補地が北上山地であることは知っていますが、そもそもなぜ北上山地なんですか? 普段目にしている北上山地のどんなところがILC建設にぴったりなんでしょうか?

秘密は地下の岩盤にあります

 ILC計画を正しく理解する中で、「なぜ世界で一つしか造らないILCの候補地に、北上山地が選ばれたのか?」という疑問にぶつかるはずです。国際的な研究施設の候補地になるには、それなりの理由があります。今回は、なぜ北上山地がILC候補地に選ばれたのかをあらためて説明したいと思います。
 北上山地は「非常に安定的で、長大な花こう岩の岩盤があり、その周辺部には活断層がない」という非常に恵まれた地層を持っています。ILCは最大延長時で、全長50kmにもなる長大な精密機械です。地盤が安定しており振動が少ないことが、建設する上で絶対に必要な条件なのです。
 ILCでは電子と陽電子という、この世で最も小さい粒「素粒子」を光速に近いスピードでぶつけて研究を行う装置です。ぶつけるといっても、1個1個をぶつけることは到底できません。なぜなら、電子の大きさは10のマイナス18乗m(0.000000000000000001m)以下と言われるくらい、とてつもなく小さいのです。
 そこでILCでは、電子や陽電子を横約500ナノm(0.0000005m)、高さ約6ナノm(0.000000006m)、長さ約300マイクロm(0.0003m)の塊(バンチ)にしてぶつけます。
 ナノメートル(nm)という単位は、あまり聞きなれない単位かも知れませんが、インフルエンザウイルスの大きさが100ナノm、原子の大きさが0.1ナノmです。一つのバンチの中には電子または陽電子がそれぞれ約200億個あります。このような塊にしても電子と陽電子がぶつかる確率は、非常に低いのです。いかに電子、陽電子が小さな粒子かがわかりますね。
 ILCでは、ぶつかる確率をより高くする工夫が施されています。研究者たちは、衝突確率を高くすることを「ルミノシティを上げる」と言っています。直訳すると「明るさを上げる」という意味ですが、ぶつかる確率を高める性能を光の強さに例えて「ルミノシティ」と言っています。
 研究者や技術者はさまざまな工夫をして、ルミノシティを上げようとしています。しかし、どんなに高度な技術を用いても周囲に振動を与えるような原因があると、良い実験成果は上げられません。自然的なもの人工的なものも含め「揺れ(振動)」の影響をなるべく受けない場所に建設するのが重要です。
 北上山地の地盤の安定性については、すでに実証済みです。国立天文台では、北上山地の阿原山の山腹=江刺伊手(いで)=に「地球潮汐(ちょうせき)観測施設」を建設し、1978年8月から観測を続けています。地球潮汐とは、地球が月と太陽の引力を受けて周期的に約30cm程度変形する現象のことです。2011年3月11日に発生した東日本大震災の際にも何ら影響なく観測を続けています。
 このほかにも北上山地が選ばれた理由はありますが、続きは次回。
(奥州宇宙遊学館館長・中東重雄)

番記者のつぶやき
 NHKの人気番組「ブラタモリ」で以前、平泉文化遺産と金との関係を取り上げていました。番組の中では、金の採掘に適した環境が築かれた要因として、花こう岩帯の存在を紹介。その花こう岩帯は地下の奥深くにあったそうですが、長年にわたる隆起や浸食により地表部分に現れてきたそうです。
 平泉栄枯の歴史から800年。その花こう岩帯は、ILCの候補地として脚光を浴びることになります。花こう岩の隆起という大自然の営みが、この地域に生きる人たちに再び絶好のチャンスを与え続けているような気がしてなりません。
 そういえば、国立天文台が水沢にあるのも、同じ緯度上に同一仕様の観測点を設ける国際プロジェクトが発端でした。決して誰か偉い人の力で誘致したわけではなく、たまたまそこに水沢という都市があったから。こんなにラッキーなことはありませんし、さまざまな形で地域のためにも生かさなければ、もったいないですよね。
(児玉直人)

写真=北上山地で行われた地質調査の際に採取された地中の花こう岩。サンプルを見る国内外の研究者たち(2012年1月、一関市大東町・旧丑石小学校)

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