人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市西部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

ILCって何? 一体どんなもの? なぜ必要なの? なぜ北上山地なの?

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tanko 2009-6-6 9:50
 今年2月から、突如として報道され始めている国際直線衝突加速器、通称「ILC(International Linear Collider)」。一体、何を目的にした設備なのか。北上山地がILCの候補地になっているが、その理由は。素粒子物理学に関連する施設のため、物理学に関する一定の予備知識も必要となる話題。日常生活ではなじみの薄い分野でもあるため、ILCを知る「入り口部分」を解説してみたい。

■どうして宇宙はできたのか?
 「過去のこと」を知る方法はいくつかある。昨日の出来事は、新聞やテレビ。江戸時代のことなら古文書、1000年も前のことなら遺跡発掘などで調査可能だ。
 ……というように私たちは、どのような歴史を歩んできたかを常に探求してきた。やがて「人類、生物、水、地球はどうやって誕生したか」という次元にまでさかのぼる。その行き着く先は「この宇宙はどうやってできたか」というテーマだ。
 ILCは世界の素粒子物理学界で開発協議が進められている、国際的な巨大研究施設。あらゆる物質を構成する最小単位である素粒子の一種「電子」と「陽電子」を超高速で衝突させることで、宇宙やこの世に存在する物質の誕生起源を探る。

■宇宙を見て過去を知る?
 よく、天体までの距離を「1万光年」などと表現する。光の速さで進んでも、1万年かかる距離をいう。
 「光」には進む速度が存在する。光速または光速度といい、真空中では秒速約30万km。一般に「1秒で地球を7周半回る」と表現されている。地球から約1億5000万kmの位置にある太陽の光が、地球に届く時間は約8分。もし太陽が光を放たなくなったら、その事実を私たちが知るのは、それから約8分後のこととなる。
 この考え方を発展させると、地球から遠く離れた星の光は「過去に発生した光」である。天文台が遠くの星を観測することは、宇宙でその昔起きていたことを調査することになる。
 望遠鏡を通してみる世界は「今」ではなく「過去」である。そういう意味では、望遠鏡はタイムマシンなのだ。

■それでも限界がある
 では、もっと高性能の望遠鏡を作れば、宇宙誕生の手掛かりまで調べられるのではないか。だがそれは不可能で、望遠鏡が光を確認するには、光が直進できる環境が整っていなければいけない。その条件には原子の存在が不可欠だ。
 宇宙誕生直後は原子が存在せず、原子を形成している電子、陽子、中性子といったさらに小さな物体に分離していた。これを「プラズマ状態」という。
 原子の姿は、原子核の周りを電子がクルクルと飛び回っている。ところが、プラズマ状態の環境では、電子が勝手に飛び周り光を吸収するので、光は直進できない。よって、望遠鏡での宇宙誕生の探究には限界が生じる。

■地底に作る「お化けデジカメ」
 宇宙誕生時に近い環境は、「素粒子が高いエネルギーを持って飛び交っていた状態」を人工的に作ることで再現可能だ。ここで素粒子物理学の出番となる。原子や原子核を形成する、小さな物質の構造や性質を加速器(コライダー)を使い調べる。加速器に投入した素粒子同士を超電導技術により、光速に限りなく近い状態で衝突させればいい。
 今までは遠い宇宙の世界を調べていた。今度は逆に極小の世界を分析し、宇宙誕生の謎に迫る。
 加速器実験から派生し、日常生活に普及した「加速器の仲間」がある。蛍光灯、電子レンジ、お役ごめんとなりつつあるテレビのブラウン管などだ。がん細胞の早期発見に用いる「PET検査」にも使われる。
 ILCは加速器の最新鋭として開発される。世界各国が協力し、地球上のどこかに1カ所だけ作る。2020年ごろの稼働を目指しており2、3年後ぐらいまでに、技術的な設計を固めていく。
 衝突反応を解析する装置が「デジカメのお化け」の異名を持つILC検出器で、数多くのセンサーが取り付けられる。規模は5階建ての建物に相当する。
 ILCでは、素粒子の速度を最適な状態に維持するため、加速器を直線状に配備する。「直線」を意味する「リニア」の名が付いているゆえんでもある。

■北上山地が有力候補地の理由
 ILC設置場所は決定していないが、有力候補地が何カ所か挙がっている。その一つが江刺区を含む北上山地だ。
 ILC関連の機器は精密な機械で、地殻震動を受けやすい場所は残念ながら適さない。現計画では、標高100mぐらいの山腹に場所に整備する。このほか▽研究者の居住環境▽世界各国からのアクセス▽ILCのような基礎科学研究活動に理解がある――といった要素も勘案すると、候補地は絞られてくる。
 北上山地には、地殻震動を受けにくい花こう岩の岩盤が地底に広がっている。これが、ILCの整備計画で想定している直線最大50kmを確保できるくらいの規模がある。東北最大都市である仙台市からも近い。

■私たちに今できること
 「ILCの有力候補地が北上山地」と知り、この地域にどれだけの経済効果があるかと思った人も少なくないはず。夢は無限の広がりをみせる。
 幸いにして日本は小柴昌俊、南部陽一郎、小林誠、益川敏英の各氏のような、素粒子物理学界におけるノーベル賞受章者を相次いで輩出している。受賞者たちもILC計画に大きな夢を持って携わっている。壮大な研施設の実現に向け、関係する研究者たちは日夜議論を交わしている。
 ILC整備は国際社会との協調なしには進められない。政府間協議により、資金分担や場所選定といった作業が進められる。ILCによる研究は、宗教や人種などを越えた「人類共通の謎」に迫る作業なのだ。
 陳情や請願運動を繰り広げ、がむしゃらに北上山地に誘致する――という段階でもないし、状況でもないのである。今できることは、国際協調の最前線でILC実現に励む研究者たちの存在やその仕事を知り、応援の声を送ることである。

写真=素粒子を光の速度まで導く装置「クライオモジュール」。超電導状態を作るには極低温の環境が必要で、モジュール内部にマイナス271度の液体ヘリウムを満たす。外気との温度差の影響を防ぐため、魔法瓶のような構造になっている((C)Rey.Hori/KEK)
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