人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

国立天文台水沢の「VERA」6月で終了(施設存続 募る危機感)

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tanko 2020-3-28 6:30
 国立天文台(常田佐久台長)は水沢VLBI観測所(本間希樹所長)に対し、同観測所を拠点に実施しているVERA(ベラ、天文広域精測望遠鏡)プロジェクトを今年6月中旬に終了させ、2020(令和2)年度の同観測所予算も前年度の半分に大幅削減すると通知した。27日、同観測所が明らかにした。同観測所管理下の国内4観測局は、水沢を除き運用を停止。VERAを用いて研究をしていた天文台内外の科学者はもちろん、海外の天文学界に与える影響は大きい。本間所長は「日本の天文学、基礎科学の今後に関わる問題。若い人材も育たない」と指摘。「今すぐ施設が閉鎖するような話ではないが、今回のような急激な方針提示がある状況を鑑みると油断できない」としており、基礎科学研究の将来のみならず、緯度観測所時代から地域社会や文化に貢献してきた施設の存続にも危機感を募らせている。

 VERA終了と同観測所の予算半減の方針は昨年12月、台長や副台長らをメンバーとする執行部から急きょ提示された。VERAは、2022年度まで実施する計画だったため、同観測所やVERAを利用する大学などの研究機関は、方針の見直しを執行部側に求めていた。
 同天文台ホームページに示された2019年度予算は156億6436万9000円。本間所長によると、同観測所に係る予算額は例年数億円程度で、全体の1割にも満たない。その観測所予算が半減されることで、メインプロジェクトであるVERAの運用が不可能となる。
 具体的には国内4カ所に設置された直径20mの電波望遠鏡(パラボラアンテナ)は、水沢以外すべて運用を停止。機器空調など、維持管理に必要な最低限の電力供給にとどめる。
 VERAの主目的である「銀河系の地図づくり」は計画の半分以上は進んでいる。本間所長は「成果がゼロというわけではない」としながらも、プロジェクトの前倒し終了により、当初想定していた精度には届かないという。
 観測所の運用や研究に従事する人材も大幅に減る。水沢の施設内には、VLBI観測所とRISE(ライズ)月惑星探査プロジェクトが同居。研究者や技術者、事務職員を含め総勢39人が勤務しているが、今月で7人が退職するものの新たな人員の補充はない。
 水沢のアンテナは、数年前から取り組んでいる韓国や中国の電波望遠鏡を組み合わせた国際観測事業向けの運用に特化。それでも、3観測局の運用停止で従来見込んでいた性能を得られないほか、人員減による日本側の貢献度が低下するなど、VERAを足掛かりとした国際事業への影響も避けられない。 
 今後、外部資金や寄付の協力を呼び掛けながら、1台でも多くのアンテナの運用を継続できる道を模索。本間所長は「アンテナなどの装置は観測所だけでなく、研究者ひいては国民の財産。全4台が有効活用できるよう努力していく」と話している。

 VERA 水沢、入来(鹿児島県薩摩川内市)、小笠原(東京都小笠原村父島)、石垣(沖縄県石垣市)の4カ所に同一仕様の電波望遠鏡を設置し、2002(平成14)年に本格運用を開始。複数の電波望遠鏡を連動させ一つの天体を観測する「VLBI(超長基線電波干渉計)」の手法を用いることで、実際に製造不可能な直径2300kmの電波望遠鏡とほぼ同じ能力を発揮する。その性能は、月面にある1円玉を判別できるレベルに値する。水沢には4局で観測したデータを処理する相関局と、各局の望遠鏡を遠隔操作する指令室「AOC」がある。

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文科省に要望へ(小沢昌記奥州市長)
 国立天文台水沢VLBI観測所の本間希樹所長は27日、市役所本庁に小沢昌記市長らを訪ね、VERAプロジェクト終了や新年度予算半減について説明した。小沢市長は、所管する文部科学省に対し要望活動を行う意向だ。
 説明後、取材に応じた小沢市長は「基礎研究が果たす役割、期待は計り知れないものがある。予算不足を理由に軽々にこのようなプロジェクトを切り捨てるのはいかがなものか」と指摘。「具体的な中身はこれからだが、文科省に要望活動したい」と述べた。
 観測局がある鹿児島県薩摩川内市、沖縄県石垣市、東京都小笠原村の各首長にも連絡を取り、同一歩調で連携する考えも示した。

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科学行政の課題露呈

 【解説】 「人類初のブラックホール撮影成功」「緯度観測から120年」――。地域社会も巻き込んだ歓喜を打ち消すかのように、国立天文台水沢VLBI観測所の主力事業「VERAプロジェクト」の終了と新年度予算の大幅削減の方針が、突如突き付けられた。
 VERA観測に用いられるVLBIと呼ばれる手法は、電波望遠鏡をなるべく遠距離に配置し、複数台が同一天体を観測するからこそ本来の性能を発揮できる。水沢だけ運用できたところでVERAの機能は果たせず、海外の観測所との連携運用にしか生かされない。
 国家予算そのものが厳しい状況下、VERAの前倒し終了は「ある意味仕方ない」と受け止められる向きもあるだろう。しかし、国内4カ所に設置された電波望遠鏡の耐用年数はまだ10年以上ある。一定規模の投資をして設置した観測システムは、あと数カ月で“塩漬け”の状態となり、さまざまな研究を想定していた将来ある若者の目標をかき消す。人材の海外流出を招きかねず、大なたを振るった代償はあまりにも大きい。
 同観測所は学術研究拠点である一方、緯度観測所時代から心のよりどころのような形で接していた市民は多い。2代目本館を活用した奥州宇宙遊学館は、取り壊しを回避し「科学する心」を育む拠点として市内外から多くの人たちが訪れる。ブラックホールにちなんだ菓子の開発・販売に同業者と共に取り組んだ、水沢吉小路の高橋一隆さん(45)は「このようなことで負けず、前向きに頑張ってほしい」とエールを送る。「Zのまち」を掲げる市にとって、天文台撤退という最悪のシナリオだけは避けたいところだろう。
 基礎科学研究の予算削減は、天文学に限らず他の分野でも進められている。本間所長は「日本の科学が抱えている大きな問題を局面的に映したのが今回の出来事だ」と語る。予算削減のほか「スクラップ&ビルド」と呼ばれる文部科学省による改革要求、研究所や大学のトップへの権限集中などにより、学術分野の至る所で弊害が生じている。
 財源が限られているという現実は無視できない。しかし、予算削減や効率化を重視するあまり、丁寧かつ常識的な事業精査、成果評価が失われていないか。現状の「日本の科学政策」が本当に適切な姿であるのか、早急な検証が求められる。同時に、政治の力はこのような課題にこそ発揮されるべきではないか。
(児玉直人)
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