人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市西部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

多様な視点でチェック「科学技術社会論」の考え方とは(東工大・調麻佐志教授)

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tanko 2020-1-1 5:50
 昨年11月、金沢工業大学で開かれた「科学技術社会論学会」の年会。ILC誘致活動を巡る動向について、東京大学大学院学際情報学府修士課程の菅原風我さん(24)=水沢出身=らが登壇し、研究成果を発表した場だ。学会長を務める東京工業大学の調麻佐志教授は、水俣病を例に科学技術と地域社会の間に生じた問題を示しながら、一つのプロジェクトや事象に対し、理系、文系問わず多様な学問からアプローチ、チェックすることがいかに重要か、強調している。
(聞き手=児玉直人)


写真=インタビューに応じた科学技術社会論学会長の調麻佐志氏

科学技術と社会の関係性
一つの事象理解 多様な見方必要


 ――学会の活動目的は
 現代は科学技術と社会とが互いに影響し合う度合いが増えている。いい影響もあるが、悪い影響だと大問題だ。
 科学技術と社会が関係する問題と向き合ったり、理論を考えたりするには、実にいろんな学問や分野が関係してくる。法学、心理学、経済学、近年はジェンダー(文化的・社会的に作り出された性の在り様)の話も、ものすごく重要に関係してくる。
 ILCのようなプロジェクトでも、いろんな角度から見てあげないと、何が重要で、どんな課題が潜んでいるのかが見えてこない。

 ――多様な見方が必要になる理由を具体的に説明してほしい
 例えば水俣病を考えるとき、公害の原因物質について、科学の分野でどのような議論があったかを知らなければいけない。一方で、水俣市はどういう自治体で、どんな経緯で公害を引き起こした企業が立地したのか。これらを知るには、当時の地域の歴史や経済などを振り返る必要がある。
 社会学的な観点で言えば、地元の漁師の方々の社会的地位の把握も、ものすごく重要。犠牲になられたのは、漁師やその家族だけではなかったが、必ずしも周りの市民と漁業関係者とは友好的ではなかったらしい。水俣市は「企業城下町」であったというのが分かると、いろいろな背景、事情が見えてくる。裁判もあったので、裁判の仕組みや法解釈など、司法全般のことも知らないといけない。
 このように、一つの公害事件を捉えるのにも、いろいろな学問の領域を取り入れて考えないと、「一体この問題は何なのか」が理解できなくなる。
 私たちの学会がやっていることは、何も特別なことではない。研究事象に起きている科学技術と社会との問題に関心があるわけで、結果としていろんな分野の専門家が学会員として関わっている。


巨額伴う大型事業
問われる「意義」

 ――学会の観点からILC計画をどう見るか
 東北に限らず、地方は本当に疲弊している。どの自治体も、何か目玉になるものに飛びつかざるを得ない状態になっている。ILC誘致も、実はそれに尽きると思う。経済効果はあると思うし、地元の建設会社などもそれなりに潤うと思う。
 怖いのは、オリンピックの施設と似たようなことが起きる危険性がある。例えば道路を造ったが、日常生活で市民が使うには立派すぎるとか。完成後のメンテナンスはどうするのかとか。
 インターナショナルスクールをつくるにしても、先生たちの雇用はどのように考えているのか……。こうしていろいろ考えていくと、経済効果が得られても、出ていく方も多いとなり、「期待したほどでもなかった」となるかもしれない。こういうものの予測は非常に難しい。
 明らかに問題なのが、国の財政や科学技術政策予算にどんなインパクトを与えるかという点ではないか。別建て予算を検討しているとはいえ、結局は他の科学予算は削られると思う。意外にも、ILCに関係する素粒子物理学と近い分野の人たちから困惑の声が起きるだろう。つまり、どこからお金を削るかとなると、似たような分野からとなりかねない。
 巨大な施設を造ることにより新発見が期待され、ノーベル賞につながるかもしれない。ただ、そのことにどれだけ意味があるのか、冷静に考えなくてはいけない。「すぐに社会の役に立たない研究」であっても、数千万円レベルであれば、このようなことは問われないかもしれない。しかし金額の単位が大きくなると、プロジェクトの意義はどうしても厳格に問われるだろう。


見直すべきは悪い意思疎通
互いの声 引き出す場を

 ――ILC候補地では放射性物質「トリチウム」(※3)の生成に強い懸念を抱く住民たちもいる
 おそらく、住民説明の場でILC計画に携わっている研究者は「(放射性物質は)量的に知れているから」というような雰囲気の言い方をしているのではないか。
 福島原発の時もそうだったが、東京での放射性物質の量も「知れている量」だった。しかし、住民の方々が求めているのはそういうものではない。少しでも「いやだ」と感じる人にとっては、数値や量がどうのではない。過去に起きたさまざまな事例も踏まえながら、事象と向き合っている。説明者側の姿勢も厳しく見ているはずだ。
 リスク説明は、最初の段階でしっかり示すのが基本的なコミュニケーションのあるべき姿だ。ところが、この種の計画を推進する側は、積極的に言いたがらない。最初の段階ではいいことしか言わない。誰かに指摘されてようやく語り、説明会などを開くようになる。あげく「いや、あの程度の放射線量だから大したことない。安全です」といった感覚で話す。このような姿勢は、放射線の影響を気にする人たちにとっては、より一層不信感を高める要因になるのが目に見えている。一番よくないコミュニケーションの取り方だ。
 ILC計画については、個人的には好意的に見てはいる。原則としてはメリットは大きい施設だと感じる。
 だが、ILCに疑問を投げ掛ける人たちに対し、少しでもメリットを感じてもらえるやり方はあった気がする。「3・11」以降、科学や放射能への印象がまだ悪い地域となれば、なおさらだ。
 推進する研究者たちも、意図的にリスクを隠そうとか、住民をだまそうとは思っていないはず。だが、彼らには「ILCが欲しい」という気持ちが根底にある。いい施設ができると、心の底から強く信じている。そのことが、結果として「不安や懸念を抱く人たちに寄り添う」という配慮を欠き、悪いコミュニケーションになってしまったのではと思う。
 「原発ほどひどくない」「迷惑施設じゃない」からと言って、気を緩めていいわけではない。たとえ推進者側が「安全だ」と信じていても、地元との話し合いはちゃんとやらなければいけない。原発事故で見られた“失敗”を繰り返しているような気がする。
 原発行政で問題になった手法は、市民への向き合い方が「パターナリズム(※4)」だった点。「お前らは意思決定にかかわるな」的な雰囲気だ。自治体などが誘致を歓迎し、キャンペーンを展開している点も似ている。

 ――ILC候補地で、多様な声を聞ける場はつくれるか
 問題の本質はむしろ地域経済が落ち込む中で、巨大科学実験施設ができるというのは、地域社会にとってプラスなのか、マイナスなのかがポイントだと思う。
 地域経済や都市計画の専門家が入ってきて話をしてみるという機会があればいいかもしれない。完全比較できる施設は国内にはないと思うが、他例で何が起きているか語ってもらうことも良いだろう。
 当学会にはモデレーション(討論会などの司会進行)の専門家もいる。ILCを推進したい側、懸念する市民の側が各自の見解を示し、さらに相手側の声を互いに引き出すことができるかもしれない。そういう意味で、われわれの学会の専門性がILC誘致に関するところで、何かできるのではないかと思う。

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 調 麻佐志(しらべ・まさし)  1965(昭和40)年、東京都生まれ。1989年東京大学理学部数学科卒。1995年東大大学院総合文化研究科満期退学後、信州大学人文学部で教壇に立つ。1998年博士(学術)。東京工業大学大学院理工学研究科助教授、東京農工大学大学教育センター准教授などを経て、2016年より東工大リベラルアーツ研究教育院教授。専門は科学計量学、科学技術社会論。共著に「研究評価・科学論のための科学計量学入門」(丸善出版)、「科学者に委ねてはいけないこと 科学から『生』をとりもどす」(岩波書店)など。54歳。

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※3…トリチウムとは水素と同じ化学的性質を持った放射性物質。一般的に知られる水素の原子核は陽子1個で成り立っているが、トリチウムは陽子1個と中性子2個で構成しており、「三重水素」とも呼ばれる。水素と違って不安定な状態にあり、エネルギーの低いベータ線(電子)を放出しヘリウムに変わる。
 ILCでは衝突しなかった電子、陽電子のビームは最終的に「ビームダンプ」に到達する。ビームダンプ内部には約100トンの水が満たされており、ビームを水で吸収する際にトリチウムが発生する。
 高エネルギー加速器研究機構のILC推進準備室によると、ビームダンプ内の水は河川等に排水せず、管理された装置室内で密閉された循環水として運用。保守作業等でも外部に排出せず、実験終了後はトリチウムが減るのを待つという(トリチウムの半減期は12.3年)。
 トリチウム水を厳格に扱う必要がある最大の理由は、水や気体として人体に取り入れられて起きる「内部被ばく」の危険性があるため。北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏によると、代謝の過程で尿や汗として体外に排出される場合はさほど問題ないが、水素と同じ化学的性質上、細胞の核の中にも取り込まれるため、核内のDNAに放射線が当たり、細胞損傷が起きるという。「放射線の影響は基本的に被ばくした部位に現れる。エネルギーが低くても、細胞内の核に取り込まれ、そこで放射線を出し全エネルギーを放出するので影響が無いことはない」と指摘する。

 ※4…パターナリズム(paternalism)は父権主義、父権的温情主義などと訳される。強い立場の者が「弱い立場の者の利益になる」として、本人の意を問わず自分の考えを押し付けるといったやり方。医療・介護、教育、子育て、政治といった分野でもしばしば問題となる。
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