人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市西部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

ILC誘致 「熱狂」なぜ(水沢出身の東大院生、菅原風我さん)

投稿者 : 
tanko 2019-11-12 6:00

写真=ILC誘致を巡る熱狂について語る菅原風我さん=金沢工業大学

 【石川県野々市市=児玉直人】素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の誘致活動を検証した複数の研究成果が10日、金沢工業大学で開かれた科学技術社会論学会(会長=調麻佐志(しらべ・まさし)・東京工業大学教授)で発表された。このうち、東京大学大学院学際情報学府修士課程の菅原風我(ふうが)さん(24)=水沢出身=は、誘致活動の盛り上がりの背景を探った。ビッグサイエンス(巨大科学)施設の誘致活動が、地方行政や議会、産業界、教育現場も巻き込みながら、なぜこれほどまで盛り上がっているのか――。帰郷した際に実施した地元での聞き取り調査、報道記事の分析などを基に「熱狂形成」に至った流れと、そこに潜む課題などを掘り起こし、ビッグサイエンスと地域社会の在り方に一石を投じた。【社会面に関連】

 同学会は、科学技術と社会の間に生じるさまざまな問題を対象に学術研究を行い、その成果を広く社会で共有しようと2001年に発足。学術会議が指定する「協力学術研究団体」の一つ。
 菅原さんは「科学技術と地方行政」をテーマにしたグループセッションで登壇。「熱狂(hype(ハイプ))の形成―ILC誘致の事例から」と題し、研究成果を述べた。約40人が聴講した。
 菅原さんが帰郷した際、「ILCさえ決まれば、水沢は仙台をも超える人口を抱える国際研究都市になる」と立ち寄った喫茶店の店主から聞いた話が今回の研究のきっかけ。
 ILC計画や北上山地への誘致活動自体はある程度知ってはいたが、全国的認知度はさして高くない。メディアの取り上げ方も、一部地方紙とそれ以外の地方紙、全国紙では扱い量だけでなく、論調も大きく異なっているなど、地域と首都圏でのILCの見え方の違いに気付いた。さらに、誘致実現を盛り上げる声の一方で、日本学術会議や、2014(平成26)年から約4年間かけ文科省が設置した有識者会議では慎重さがにじみ出る見解が続出していた。
 菅原さんは、岩手、宮城という地域、そして素粒子物理学コミュニティーという、限られた分野を中心に起きている「熱狂」のプロセスを読み解くことで、巨大科学と地域コミュニケーションの在り方を探れるのではないかと考えた。
 菅原さんが演題に示した「hype」とは、学術用語として使う場合「科学技術に必要な資源(人、もの、資金)を調達する役割を担い、将来像を形作るもの」と定義されている。「熱狂」「誇大宣伝」とも訳される。
 「期待と熱狂は地続きだ。過去に抱いた期待は、現在の科学技術の進展を評価する物差しにもなる。期待通りにならなかった場合、結果としてそれは『誇大宣伝』になってしまい、それまで誘致に携わっていた人たちの信頼関係や評判を落とすことにも成り得る」と菅原さんは指摘した。ただし、iPS細胞(人工多能性幹細胞)のように科学への期待が、その分野の発展に寄与する例もあると説明した。
 菅原さんは「熱狂はどんな科学技術でも起こりうること。だが、過剰な熱狂によって生じた誘致や広報周知等に投じたコストは、いずれ地域や納税者である一般市民が負担することになる。地域社会や一般市民が、特定の科学計画や事象に対し、さまざまな方向からの見解に触れられる機会が設けられるのが大切。その一つの手段が、科学技術コミュニケーションだと思う」と主張した。
 同日は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙機構の横山広美教授、一方井(いっかたい)祐子研究員が、「ILCの認知度調査から見える課題」と題し発表した。

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立ち止まり再考を
 【解説】「若い大学院生が学会で発表した程度」と、軽く受け流すべきではない。誘致に携わるすべての人、そしてILC誘致を報じている私たちメディア関係者は、ビッグサイエンスと地域社会との関わり方について、冷静に考える時期に来ていると認識すべきだ。
 記事後段に触れた誘致や広報周知のために投じたコストについて、これまで関係する地方議会ではどれだけ是々非々の議論が尽くされてきただろうか。誘致実現の可能性を確認するような質疑が目立ち、関連予算として公費が年々投じられてきた感がある。直接言われたわけではないにしても、ILC計画を推進する研究者側の「言われるがまま」に事を進めてはいないか。立ち位置を見失ってはいけない。
 確かに疲弊する地域社会にあって、ILC計画は夢のプロジェクトのように輝いて見えているのかもしれない。しかし、誘致活動の在り方を客観的、批判的な検証を十分にしてきただろうか。予算規模の大小を口にする人がいるかもしれないが、市民、県民の血税であることには変わりない。この先もとりあえずILCと付き合うといった身構えに、納税者は納得するだろうか。
 名だたる国会議員や地方自治体の首長、地域の名士たちがこぞって「ウエルカム」を強調し、先に仙台で開かれたILC関連の国際会議では「地域社会から強い支持を得ている」と国内外の研究者たちが宣言した。
 そんな「アウェー感」漂う中、学術的見解も交えながら勇気ある一石を投じた菅原さん。多くの学問では「疑うこと」の大切さが唱えられている。菅原さんの母校の県立水沢高校はじめ、胆江地区の小中高校ではILCの出前授業を受けた児童生徒が多数いる。今回の“先輩”の姿勢を子どもたちはどう感じただろうか。(児玉直人)
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