人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

ILC誘致活動に懸念要素(独マインツ大 斎藤武彦教授に聞く)

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tanko 2017-10-27 16:10
 東北各地で小中高生や一般市民向けの科学授業活動を展開しているドイツ・マインツ大学の斎藤武彦教授(46)は25日夕、胆江日日新聞社内で取材に応じ、北上山地が有力候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の誘致を巡る動きや地元での活動に、さまざまな懸念要素が散見されると強調。ILCを実現した岩手が、世界の注目を集める地域となるよう願いながら、あえて問題点を指摘した。(児玉直人)

 ドイツに家族と居住している斎藤教授は、11月18日から30日まで日本に滞在。25日は奥州市立胆沢中学校や県立水沢高校の生徒を対象に特別授業を行った。
 授業には、ILCの話題を取り入れることもある。斎藤教授は原子核構造物理学が専門。ILCとは直接関連性のない分野で、ILC誘致に携わる研究者組織にも所属していない。客観的な目線でILCと東北、岩手の関係を考えている科学者の一人だ。
 ここ1年以内が政府判断に向けた正念場とされるILCだが、斎藤教授は誘致をめぐる最近の動きに、いくつかの疑問を抱いている。


KAGRAの敗北はILCでも起きうる

 今年のノーベル物理学賞は、米国の重力波観測施設「LIGO」に携わった3人に決まった。この受賞に、日本で建設中の重力波研究施設「KAGRA」に携わっている研究者らは、わがことのように喜びの声を上げた。主要メディアは、重力波分野における日本人研究者の存在を誇らしげに紹介した。
 齋藤教授はそんな日本国内の雰囲気に嘆いた。「KAGRAが動きだす前にLIGOは大きな成果を出した。喜ぶどころか、これはKAGRAの敗北だ。民間企業に置き換えれば想像は容易。ライバル社に先を越されたり、競争に負けて業績が悪化したりすれば、担当者や経営陣は責任を取らされる。それと同じくらいだと意識しなくてはいけないはず。私たち科学研究者は、多くの皆さんの血税を使わせていただいている。そのためには研究成果を出す形で応えなくてはいけない」
 KAGRA敗北のような状況は、ILCでも起きうる可能性があると齋藤教授は指摘する。
 ILCの国際研究者組織は昨年12月、「ステージング」と呼ばれる提案を明らかにした。当初計画では、直線距離30kmの加速器用トンネルを掘る予定だったが、20kmに短縮することで初期コストを抑制。実験成果や関係装置の技術進歩の状況を見ながら、段階的に施設規模を拡大していく考え方だ。
 「ステージングを取り入れざるを得なかった気持ちは分からなくもないが、短縮した20kmの長さで得られるエネルギー領域で、どれほどの成果を得られるのだろうか。LHC(スイス・フランス国境にまたがるCERNが運用する実験施設・大型ハドロン衝突加速器)を超える成果を出せるのだろうか」と疑問を投げかける。
 「20kmの領域で研究している間に、CERNや中国が考えている超巨大円形加速器(CEPC)で次々と成果が出るような状況が起きたら、誘致運動に散々時間とエネルギーを費やした地元住民や、貴重な時間を削って出前授業を受けた子どもたちは何を感じるだろう」と指摘する。
 「ひょっとしたら、専門外の私が知らない技術を投入して、20km領域でも成果を狙えるように取り組んでいるのかもしれない。だとすれば、そのことを地元の皆さんにも知らせなければいけない。地元を巻き込むプロジェクトだからこそ、そういう姿勢が大切になる」


子ども巻き込む誘致運動 「心の底から反対」
着ぐるみも「無意味」



 斎藤教授は特別授業のため訪れたある小学校で、子どもたちが作ったであろうILCの「のぼり旗」を目にした。「もし、大人が作るよう促したとすれば、大きな間違い。まるで子どもたちがILCを待ち望んでいるかのような演出をすることに、私は心の底から反対する」と語気を強める。
 地域住民や次世代を担う子どもたちにILCへの関心を持ってもらうため、行政や誘致団体は、さまざまな取り組みやイベントなどを考案、実行してきた。
 「宇宙のスケールや素粒子とは何かを学ぶぐらいだったらまだいいが、子どもたちに『あなたたちも声を上げてくださいね』と働き掛けたり、シンポジウムや研究者の集まりに招いて、何かを発言させたりする演出をするのは間違いではないか」と斎藤教授。「科学を勉強することと、誘致運動をごちゃ混ぜにしてはいけない。子どもたちは勉強や遊びを通じ、さまざまな知識や判断能力などを身に付ける途上にある。その貴重な時間を大人たちの誘致活動に割いてしまってはいけない」と強調する。
 子どもたちを巻き込んだ誘致活動とともに、斎藤教授が非難したのは、キャラクターや着ぐるみを用いた周知活動だ。
 茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)や奥州市、一関市では「ヒッグスくん」という着ぐるみキャラクターを使い、ILCの周知活動をしている。物質に質量を与えている素粒子「ヒッグス粒子」にちなんだキャラクターだ。ちなみに、ヒッグスとは同粒子の存在を提唱した、ピーター・ヒッグス博士の名前に由来する。
 「科学者になろうと思う子は、着ぐるみを見てではなく、科学が持つ本質的な魅力を感じその道を志すはずだ。着ぐるみでPRするより、国会議員一人一人を訪ね、良識ある判断をお願いする活動をしたほうがずっと有意義だ」
 ILC実現を強く願うあまり、冷静な判断や住民目線の対応を見失っては本末転倒。斎藤教授は誘致関係者や自治体担当者らに対し、科学者と対等の立場で話し合い、本質を見つめた対応を望んでいる。「そういう意味で、奥州市が策定した『ILCまちづくりビジョン』の考えはしっかりしている」。ビジョンに示された人口減対策や産業振興、多文化共生のための取り組みは、ILCの実現有無を問わず地域の将来を思えば実施しなくてはいけないことだ。「いい意味で肩の力が抜けたビジョンではないか」と評価する。

写真上=本紙の取材に応じる斎藤武彦氏

写真下=奥州市が作製した「ヒッグスくん」の着ぐるみ
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