人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

加速器関連産業参入 地元企業に「様子見感」

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tanko 2017-4-11 20:10
 北上山地が有力候補地になっている素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の実現を見据え、加速器関連産業への地元企業参入に向けた取り組みが、産学官連携の下で進められている。熱心に情報収集する企業はあるものの、自社との関連性がイメージできず、人手不足に直面する現状もあって、積極的な動きに至らない“様子見感”も漂っている。十分な資金力や研究開発環境がない中小企業が多い地域にあって、いかにして参入しやすい環境や体制を構築し、やる気を引き出すことができるか。ILCを契機とした地域活性化、産業振興を望むとするならば、関係機関がより一層力を込めて取り組む必要がある。
(児玉直人)

 東北ILC推進協議会東北ILC準備室、いわて加速器関連産業研究会は昨年度、4回にわたり「ILC技術セミナー」を開催。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の現役研究者らを講師に迎え、ILCの目的や施設概要、使用される装置の仕組みや必要な技術、関連するコンピューター技術などについて解説した。4回のうち2回は北上市と一関市で開かれた。
 県内企業の技術力向上や取引機会拡大を狙った開催だが、宮城や秋田といった隣県はもとより、東京都や長崎県といった遠方からの参加企業関係者もいた。
 セミナーの運営を担当した公益財団法人いわて産業振興センターものづくり振興部の今健一ILCコーディネーターは、「東北一円からの参加があると感じる」と話す。一方、多くの地元企業の参加を呼び掛けているが「様子見といった雰囲気は感じている。うちでやっている仕事とどう結び付くのか分からないという印象なのかもしれない」。
 各企業の製品や技術が、ILCや関連施設のどういった場面で使えるか――。今コーディネーターは、東北大と岩手大で客員教授を務める吉岡正和・KEK名誉教授らと、地元企業を訪問するなどして地域に潜在する“ものづくり力”を洗い出そうとしている。
 「今すぐに仕事に結び付くわけでもないし、ILCに対するイメージからハードルが高い仕事と思われがち。しかしながら、元気のある会社はすでに動いている。とにかく企業側と私どもとキャッチボールをしながら関係を築きたい。いきなり製造し商売するのではなく、『とりあえずセミナーに来てみた』というところからだと思う」(今コーディネーター)
 奥州市胆沢区小山の機械メーカー?東洋工機の佐々木洋日児会長は、ILCと地元企業の現状について、企業側は何をしたらいいか分からず、参入を推進する側も地元企業とどう関係を構築したらよいか手探りしているように見えるという。「ILCの設備や加工方法に精通しており、地元の企業の技術や設備、キャパシティーなどのデータベースを持ち得た人を専任に置き『この技術ならA社、この作業ならB社が得意』というように、2者間をインキュベート(育成・支援)できるよう調整すべきだと思う」と語る。

思いは「ネジ1本でも……」
 奥州市水沢区羽田町で精密機械部品加工や治工具の設計製作などを手掛けている(有)テクニス精機の千葉智弘社長は、ILC技術セミナーに何度か足を運んだ。内容に疑問を抱く場面はあったが、一定の収穫も得られたという。
 「最初に出席したときは『これは、ものすごい資金力がある大手でなければできない』という印象を抱いてしまった」という。関連装置や付属施設に、どんな技術が求められるのかなど、具体的なイメージを描ける話が乏しかったといい、期待していたものではなかった。しかし、2回目に参加したセミナーでは、加速器関連産業参入の先進企業の話があり、具体事例や体験談など経営者の視点に立った講演は、とても参考になったという。
 「知人の経営者は『ネジ1本でもいいから関わってみたい』とつぶやいていた。おそらく似たような思いは製造に限らず、あらゆる業種、分野に携わる人たちが抱いているかもしれない」と千葉社長。「より具体的に、より掘り下げた内容が分かれば、もっと関心を示してくれるのでは」と注文する。
 ただ、地元中小企業の多くは、さまざまな課題に直面している。特に人手不足の問題は深刻。どんなに技術があり、資金的支援が講じられたとしても、技を継承すべき担い手がいなければ意味がない。千葉社長は「地元企業がILCに携わるという“夢”を語る以前に現実的な重要問題だ」と強調する。
 胆江地区を拠点に活動している民間誘致団体「いわてILC加速器科学推進会議」で顧問を務める、NPO法人イーハトーブ宇宙実践センターの大江昌嗣理事長(国立天文台名誉教授)も、セミナーに参加し情報収集。3月23日に開かれた昨年度最終の第4回セミナー(会場・県立大学)では、ILCに関わるコンピューター技術について取り上げられたといい、「ようやく具体的な話に入ってきた」と感想を述べる。
 研究結果の予測や解析にとどまらず、巨大な装置を動かす上で、ILCとコンピューターは切っても切れない関係。電子、陽電子が駆け抜ける加速器は「ILCの心臓部」に例えられているが、コンピューター装置は神経に匹敵するほど重要で、ILCに関わるあらゆる設備や仕事と結びつく。
 加速器関連産業への地元企業参入はこれまで、部品や機械装置など目に見える「モノ」への注目が高かった。だが、コンピューターシステムを動かすソフトウエアのように、形として存在しないものも作り上げていかなければならない。「ILCを作るにはあらゆる知恵が必要であることをあらためて実感させられた」と大江理事長。セミナーで示された技術等に関連性がある地元企業に声を掛け、情報提供を積極的に行い機運の醸成を図っている。
 ILC技術セミナーは本年度も継続する見通しで、大江理事長によると、奥州・金ケ崎エリアで開催したいとの意向が主催者側にあるという。
 大江理事長は「この地に生まれた偉人は、誰もやらないことをやってみせ、その名を歴史に残した。そういう気概が息づくまちであると思いたい」と期待している。


写真上=県立大学で開かれた第4回ILC技術セミナーの様子(大江昌嗣氏提供)

写真下=加速器関連産業や同産業への参入を考える企業が集まって開かれた企業展示会=昨年12月、盛岡市のいわて県民情報交流センター(アイーナ)で
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