人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【連載】育て科学する心(5・最終回) 中学生つくば研修とILC

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tanko 2017-3-10 21:20
縮小版で繰り返すテスト

 奥州市内中学生たちの研修の様子とともに、高エネルギー加速器研究機構(KEK、山内正則機構長)の協力を得て、国際リニアコライダー(ILC)関連装置の開発状況を特別に取材することができた。本連載の最終回に当たり、ILC実現に向けた取り組み状況に触れる。研究者や技術者たちは、世界に例のない巨大実験施設の実現に向け、ILCの縮小版とも言える実験設備でテストを繰り返し「本番」に備えている。

 奥州の中学生たちがせっかくKEKを訪れるのだから、ILCに関する場所も見てほしい――と内心では思っていたが、残念ながら今回の予定には組み込まれていなかった。生徒たちが奥州市出身の小野正明名誉教授の講義を受けている最中、一行から離れ広報担当者の案内で敷地内にある実験施設へ向かった。
 KEKの実験施設の多くは放射線管理区域となっており、施設内に入る際は入場人数や目的などを事前申請する必要がある。放射線管理業務の事務所で、放射線に関する注意事項が記された書類を読み、サインするよう求められた。さらに、胸ポケットに取り付けられる小さな放射線量計を渡され、スイッチを入れるよう指示があった。こうした厳重な管理環境は、ILCが実現した場合も当然導入されるであろう。
 手続きを終え、最初に訪れたのは先端加速器試験施設(ATF、Accelerator Test Facility)。ILCで使用する電子と陽電子のビーム(粒子の塊)をいかに実験に適した形に作り上げるか、実験と研究を進めている。「ミニILC」とも呼ばれおり、施設内の装置をそのまま拡大させれば、ILCの一部ができてしまうという感じだ。
 ILCは電子と陽電子の衝突現象を調べ、宇宙誕生の謎や物質の基本構造解明を目指す。しかし小さな粒子同士をぶつけるのは至難の業。数?離れて2人が向かい合い、パチンコ玉を思いきり投げてぶつけようとしても、よほどコントロールが良く、タイミングが合わなければぶつからない。
 衝突が起きるまで電子、陽電子を生成し加速し続けても、その頻度が低ければ研究に有益なデータを得るまでに時間がかかる。同時に施設稼働のコストもかさむ。そこで効率よく衝突できる質のいい電子、陽電子ビームを作る技術が求められる。
 具体的には、生成時には進行方向がばらばらのビームを列の整った状態に仕上げ、さらに衝突点の直前でビームの密度を極限まで高くする。つまり粒同士がきれいに整列した状態で進み、かつ互いの間隔が狭い状態であれば、衝突する確率が上がるという仕組みだ。
 ATFではまず電子を生成させ、全長70mの線形加速器によって加速させ、電子ビームのエネルギーをアップさせる。電子ビーム一つ塊の中に、約100億個の電子の粒が入っている。やがて、円周状に配管した「ダンピングリング」と呼ばれる部分に到達。ILCで言えば、中心部分に配置される円形のトンネル部分だ。ATFのダンピングリングは1周140mで、ビームはわずか0.3秒の間に60万〜70万周する。周回を終えたビームはダンピングリングを抜け出し、レンズで光を集めるのと同じ要領でビームの大きさをギュッと小さくし、密度を高める。
 ILCでは6nm(1nm=0.000000001m)までビームを絞り込む。ATFの装置規模に換算すれば37nmまで絞り込みができればよい。現在、41nmまで絞り込みができており、これだけでも世界一の精度だという。
 ATF担当の照沼信浩教授は「ほぼゴールに達している。次は『いかにして衝突させるか』がテーマになってくる。わずかな地面の揺れを補正する技術が求められる」と話している。
 次に訪れたのは超伝導リニアック試験施設(STF、Superconducting RF Test Facility)。電子、陽電子のビームを光速に近い状態まで加速させる加速器「クライオモジュール」やその周辺設備を開発している。
 ビームが駆け抜ける加速空洞は、液体ヘリウムによってマイナス271度まで冷やされる。電気抵抗がほとんどない超伝導(超電導)状態となり、消費電力をなるべく抑え、効率よくビームを加速させることができる。
 加速空洞は内部にわずかなホコリがあるだけで、実験に影響が出る。また高価な金属「ニオブ」を使用しているため、そう簡単に新品交換するわけにもいかない。STFではメンテナンス技術の確立や、クリーンな環境を保ったままクライオモジュールを組み立てるための方法などについても、よりよい方法を検討している。
 ILCを実現する上でネックとなっているのがコスト面。しかし、研究者や技術者たちはただ単に良質な研究を求めているだけではなく、効率性と低コストも意識しながら壮大なプロジェクトの実現に挑んでいるとあらためて感じた。

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※一部写真はILC概略図と一緒にご覧ください


ILCの概略図((C)ILC GDE)


ATFの電子ビーム生成装置付近の様子。生成された電子は、写真左手前から奥に向け、全長飫?の直線加速器を駆け抜ける(ILCでは概略図の「A」の部分に相当)


円周状に加速器が配置されたダンピングリング。電子ビームは矢印(1)の方向から入り込み、壁の向こう側を回り込んで矢印(2)のように進んで来る(ILCでは概略図の「B」の部分に相当)


電子ビームを極限まで小さくする最終収束システム。八角形の枠の中に見える4個のブロックは電磁石(ILCでは概略図の「C」の部分に相当)


電磁石の台座は、地面の揺れをコンピューター制御で補正できる構造になっている。並んだパイプの間隔を変えることで、逆三角形をした台座の部分が上下する


STF地下のクライオモジュール実験室入り口。放射線が発生する装置稼働中は立ち入ることができないため、厳重なセキュリティーと安全対策が施されている


黄色いボディーが特徴のクライオモジュール。ILCを建設するときには直径1m、全長12mの単体を1000〜2000台の規模で量産する必要がある(ILCでは概略図の「D」の部分に相当)
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