人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

キティでILC周知(「物理=難しい」を払しょく)

投稿者 : 
tanko 2016-7-31 21:41
 北上山地が有力候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)は、国民の認知の低さに直面している。日本初の本格的な国際研究拠点が構築される大型事業でありながら、計画の存在すらほとんど知られていない。その打開策の一つとして、日本生まれの人気キャラクター「ハローキティ」を用いたPR商品が登場。キャラクターの高い知名度と親しみやすさを生かし、浸透を図りたいというが、国民理解や世論の盛り上がりにしっかりつながるのか懸念する声もある。
(児玉直人)

■正攻法とは違った入り口
 キティとILCのグッズを販売するのは、産学連携のILC誘致組織である先端加速器科学技術推進協議会(AAA、東京都港区)。キティの著作権や商標権を持つサンリオ(東京都品川区)の協力を得て開発。めがねをかけた研究者コスチュームのキティがILCの加速器(クライオモジュール)に座り、背後には物理の数式を配した。Tシャツやクリアファイル、ボールペンなどにして8月15日に本県で先行販売する。
 AAAや研究者の国際組織リニアコライダー・コラボレーション(LCC)で広報業務を担当する、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の高橋理佳氏は「ILCで行う素粒子物理の研究は、どうしても『難しい』とみられてしまう。正攻法で理解してもらうだけでなく、違う入り口からILCを知ってもらおうと考えた」と経緯を話す。
 数ある日本のキャラクターの中でも、キティは海外認知度が高く「むしろ大喜びされる」と高橋氏。「いつもと異なるキティの姿に『何これ? でもかわいい』と飛びついてもらい、そこからILC計画を知ってもらえたら」と強調する。

■異分野との交流も展開
 ILCの国民理解の必要性は、文部科学省の有識者会議においても指摘されている。巨額な事業費が必要なプロジェクトだけに、一部の声だけで推進するわけにはいかない。
 研究者らは、ノーベル賞級の研究成果が得られると訴える。ところが、ILC計画そのものがほとんど知られておらず、全国紙やテレビなど主要メディアで取り上げられる場面は少ない。
 AAAやLCCは、今回のPRグッズ発表に合わせ、芸術関係やファッション雑誌など、これまで素粒子物理学界とは接点が薄かった分野の関係者を招いたイベントを都内で開催。LCCの最高責任者のリン・エバンス氏、副代表の村山斉氏がILCの意義を説明し、交流を深めた。
 人気キャラクターの活用など、新たな切り口で周知が始まったが、プロジェクトを推進する中では真摯な対応も求められる。建設に伴う自然環境への影響、都市整備、人材確保など候補地の地元と膝を交え協議しなければいけない事柄は多岐にわたる。高橋氏は「候補地の皆さまとの対応についてはこれまで同様、しっかり取り組んでいく」と話している。

■「かわいい」だけで終わらないか
 海外に拠点を置く日本人研究者も、日本国内の周知不足を懸念している。東日本大震災被災地を中心に、科学やILCに関する講演活動を展開している斎藤武彦氏(ドイツ・マインツ大学教授)だ。
 今年6月、水沢区多賀の水沢学苑看護専門学校で講演。学生たちに「ILCの候補地は皆さんが今いる岩手、奥州なんです」と伝えると、「えー、知らなかった」「すごい」と驚きの声が飛び交った。
 斎藤氏は2013年、県内の大学に理系学部を設置すべきだと提言。今春、岩手大学の工学部が理工学部に生まれ変わった。自身とは異なる研究分野を扱うILCだが「被災地の子どもたちの将来のためになる」との思いで、ILCの意義を伝え続けている。
 「同じ岩手であっても、沿岸被災地に至ってはILCの認知度はまだまだ低く、地域のさまざまな取り組みと関連付けるような動きも目に見えてあるわけではない」と斎藤氏。「復興の象徴」と大々的に打ち出されているが、それを実感させるような雰囲気が乏しい。
 KEKの高橋氏と同様、周知不足を懸念している斎藤氏。だが、今回のPRグッズについては「違和感を覚える」という。
 「私の勤務する研究所もだが、ヨーロッパでは大型プロジェクトを進める際に、キャラクターやグッズを使って関心を呼び起こすようなことはしない。科学そのものの面白さを市民に伝えることに力を入れる」。正攻法で理解を求めているという。
 「聞き手である子どもたちや市民が一体どんなことを知りたいのか、何を伝えればそのプロジェクトを楽しいと感じるのかを重視してアピールする。科学者がそういう視点を持てば、理解も深まり周知されるはずだ。キャラクターグッズを用いたら、そのキャラクターへの関心だけで終わってしまう可能性もある」と指摘する。
 さらに斎藤氏は「周知活動はもちろん大切だが、沿岸復興への貢献をしっかり考えていくべきだ。東北の人たちが主人公として活躍できる体制づくりに一番力を入れてほしい」と切望している。

写真=ILCの一般周知を図るために売り出されるグッズ。Tシャツを着用しているのは、LCCのリン・エバンス最高責任者(左)と村山斉副代表(LCC提供)
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