人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【連載】国際研究拠点と地域社会(3) 地域らしさ失わずに〜県立大学鈴木学長

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tanko 2015-7-25 6:30
 高エネルギー加速器研究機構(KEK)機構長を3月まで務め、本年度から県立大学学長に就任した鈴木厚人氏。25日の「ILC(国際リニアコライダー)シンポジウム」で基調講演するとともに、胆江・気仙5首長との意見交換にも臨む。
 鈴木学長は素粒子物理学界のリーダー的存在で、ILC計画に長年携わってきた。海外研究者にも名の知れた人物がILC候補地の地元の大学に学長として招かれたことのインパクトは非常に大きい。

 就任間もなく、学生向けにILCの話をした。素粒子を専門的に研究する理学部がない県立大だが、寄せられた感想からはILCに対する学生たちの関心の高さが伝わった。
 「自分たちも何らかの形でILCに関わりたいと願っているようだ。総合政策、看護、社会福祉、ソフトウエアの各学部を有する状況の中で、ILCとどのような関わり持つことができるか、私自身も考えたい」
 素粒子の専門家という実績を生かしつつ、地域とILCとの関わりなど、社会学的な分野に力を注ごうとしている鈴木学長。その中で留意しなければならないのは、「地域らしさ」を失わないようにすることだという。
 「ILCが実現すれば、地域と研究施設との関係は50年、100年と続くレベルになる。今すぐ新たな建物を次々に造ったところで、数年もすれば時代や実態に見合わないものが出てくる恐れもある」と鈴木学長。「現有資産の活用を前提にまちづくりをしないと、おそらく住民は拒絶反応を起こす。沿岸被災地での巨大防潮堤建設のように、受け入れてもらえないだろう」

 鈴木学長は政治・社会情報誌「ニューズウィーク」14年7月号に掲載された小泉秀樹・東京大大学院教授の「日本は欧米に比べて市民を話し合いに参加させる仕組みが極めて弱い」と、青山※(やすし)・明治大大学院教授の「住民説明会で意見を聞くと言うレベルの話ではない。市民が当初から計画に深く関わることで、建物が完成した後に続くコミュニティーが形成されることも大きな財産だ」という見解を引用しながら語る。
 「地域に一番長く暮らすのは、地元の皆さん。外国人研究者は確かに滞在するが、何年かすれば異動してしまう。つまり、地域の方々に何よりも理解してもらうことが大事だ」
 東日本大震災で津波被害を受けた宮城県岩沼市のまちづくりは、行政や有識者だけでなく、地区の人たちが最初から参加していたという。「いろんな人たちが新たなコミュニティーを築くために集まるのだから当然こと。ILCもそういう形にしないといけない。市民参加がとにかく大切。住民とじっくり、地道にやらないと」。

 住民参加のまちづくりとともに、東北全体のまとまりの必要性も訴える。
 「6県全体で事業の共同体みたいなものを築けないだろうか。例えば観光を考えてみても、観光客は県境など関係なく移動する。それなのに、なぜか一つの県だけで頑張ろうとする。今は温度差があるが、ILCをやるときに秋田や山形も何か手伝えるような態勢を整えたほうがよい。ILCを足掛かりに取り組めば、別分野でも広域的な事業や取り組みが必要になった際に生かせる」と主張する。
 誘致実現に向けての難関と言えるのが資金確保だ。新国立競技場建設や被災地復興事業費の一部地元負担など、予算の枠組みや規模の適切さなどが問題視される場面が続いている。財政に対する国民の目がより一層厳しくなっている中、1兆円規模のビッグプロジェクトであるILCに対し、理解を得るのは決して容易なものではない。
 ただ、金額の多寡や関心の有無という物差しだけで、プロジェクトの是非を判断するのは決して適切なことではない。鈴木学長は「ILCがもたらす医療やさまざまな産業への波及は計り知れない。他のさまざまな事業に投じられる予算規模とその効果などとも十分比較しながら考えなければいけない」と語る。
 建設コストだけでなく、「グリーンILC」と銘打ち、施設運営に係るエネルギー再利用の在り方も真剣に議論されている。「ヨーロッパで新しい研究施設を建設する際には、必ずエネルギー問題を議論する。ILCに対しては、推進ばかりでなく疑問を持っている人も実際にいる。そのような声がある以上、われわれ研究者は答えなければいけない。これはぜひやりたい」。長年携わってきたプロジェクトに対する新たな挑戦が始まる。
(おわり)

鈴木厚人氏(すずき・あつと) 1946年、新潟県生まれ。東北大大学院理学研究科博士課程を修了後、東京大助教授、東北大教授、東北大副学長などを経て06年から15年3月までKEK機構長を務めた。05年に紫綬褒章を受章。専門は高エネルギー物理学。

※文中の青山教授の名前の漢字は、にんべんに八と月
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