人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【連載・ILC新たなステージへ:1】 どう築く「オールジャパン」

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tanko 2013-9-3 6:00

 「九州大学で教育、研究活動をしているわが身としては、今回の評価は非常につらいものであった」
 8月23日、東京大学山上会館での国内候補地発表会見。ILC立地評価会議共同議長の一人、九州大学大学院の川越清以教授は「北上サイト(北上山地)を最適と評価する」と発表した直後、自身の思いを一言一言かみしめながら語り始めた。
 北上、九州・脊振両候補地での機運の高まりとともに、避けて通れない候補地の一本化。素粒子研究者たちは、研究分野への注目と支持に感謝しつつも、懸命な活動を続けてきた両地域のいずれかに、非情な結果を伝えなければならなかった。

 ILC計画が浮上し20年近くになるが、北上山地周辺の地域住民への周知活動が始まったのは09(平成21)年ごろ。現在の「東北ILC推進協議会」の前身である「東北加速器基礎科学研究会」の設立がきっかけだ。
 ただ、その動き方は「慎重対応」という言葉がふさわしかった。
 東京へのオリンピック招致活動も近く最大のヤマ場を迎えるが、それに比べれば、注目度や派手さは欠ける。当初から「計画の意義に対する理解を深めること」に重点が置かれた。
 慎重にならざるを得なかった理由の一つは、過激な誘致合戦に発展するのを防ぐためだった。素粒子研究者らは、学術的意義よりも地域事情や政治的な利益、感情などが前面に出る状況を最も避けたかった。岩手県の担当者も、研究者側から念を押されていたという。
 地域挙げての動きが本格化したのは東日本大震災後。達増拓也知事が国の復興構想会議で「TOHOKU国際科学技術研究」などの復興特区を提案してから。政府関係への要望活動が活発になったのも、ここ数年の話だ。

 九州、特にも福岡と佐賀両県も、東北の岩手、宮城両県と同じように誘致活動に情熱を注いだ。地元の企業経営者らが音頭を取って署名活動を展開。署名総数は35万余りに達した。東北同様、講演会などを通じた市民周知も実施した。
 ILC対応のため4月から東北経済連合会に駐在している、岩手県政策推進室の細越健志特命課長は「特に昨年末ごろから九州の取り組みは急激に盛り上がってきた」と話す。「東北vs九州」と、選挙の一騎打ちのような構図で報じたメディアもあった。
 細越特命課長は「どうしても『誘致合戦』と捉えられてしまう向きはあった。しかし、九州の皆さんの取り組みに対抗しよう――ということはなかった。地元の皆さんの理解構築や研究者側からの求めに必要な対応をとってきた。まさに、わが道を信じて行くという感じだ」。心の支えになったのは、これまでの調査でも明らかにされていた北上山地の良質な地盤だった。

 国内候補地の公表は当初、7月末という見解もあった。同月の参院選を控え、両候補地の誘致活動は5月から6月にかけてがピークとなった。
 その真っただ中の6月21日、ILC戦略会議の山下了議長(東京大准教授)は奥州市文化会館(Zホール)での講演で、こう述べた。「いつまでも北だ南だとは言っていられない。オールジャパン体制をつくり上げ、後押しできるかが大切だ」。二つを一つに絞る苦しい立場にいるからこそ、両候補地に向けて一番伝えたかった思いであろう。
 今後は日本にILCを誘致できるかどうかに関心事が移る。「これからが本当に大変」。研究者のみならず、北上山地の誘致関係者も口々に話す。
 選定結果を受け、誘致に携わった東北、九州の地元関係者は今後どのような行動をとるのか。
 先日、世界的に権威がある学術雑誌「ネイチャー」のネット版に、北上山地への選定結果が紹介された。優秀な頭脳を持つ世界中の研究者は「Japan」「Tohoku」「Kitakami」の動向を見守っている。それだけではない、将来ILCで活躍するかもしれない、児童や生徒も「大人たちの行動」をじっと見つめているはずだ。

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 ILC国内候補地が北上山地に決定した。決定までの道のりを振り返りながら、建設誘致へ向けて今後取り組むべき事柄や課題などについて5回にわたり連載します。(児玉直人)

 
 写真=山本一太科学技術担当相(左)にILC誘致への理解を求める東北推進協代表の里見進東北大学総長(左から2人目)。国内候補地一本化で、誘致活動は「日本自体への誘致」を実現させる新たなステージに入る(今年5月31日)
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