人類史上初ブラックホール撮影に貢献した国立天文台水沢VLBI観測所は、120年の歴史を誇り今もなお世界とつながっている観測拠点。奥州市東部が候補地となっている国際リニアコライダー(ILC)の話題とともに、岩手県奥州市、金ケ崎町における科学やそれに関連する地域の話題(行政・産業経済・教育・まちづくり・国際交流など)を随時アップしていきます。(記事配信=株式会社胆江日日新聞社)

【寄稿】客観事実認めない施策にノー 〜県新年度ILC関連予算案に絡め〜

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tanko 2022-2-25 8:00
千坂 げんぽう(76)=一関市萩荘、僧侶= 

 私が属する「ILC誘致を考える会」は、県や一関市、奥州市などがILC(国際リニアコライダー)誘致のメリットだけを吹聴している点に疑問を抱いた人たちが集まり、2017年に発足した。ILCのリスクやデメリットを独自に調査研究した結果を踏まえ、2019年には「ILC誘致に反対する」と宣言した。  私は会の活動を通じていろいろなことを学んだ。

■真逆の解釈をする誘致関係者

 日本学術会議の報告書(ILC計画見直し案に関する所見)、文部科学省の発言などを詳細に検証しただけでなく、欧州合同原子核研究所(CERN)が2020年に公表した「欧州素粒子物理戦略」も原文を入手し分析した。戦略に記載されていたのは、CERNは日本がILCを主体的にやる意向なら「ドアを開けておく」と、単にリップサービスで1行程度付け加えたに過ぎない表現であることが分かった。
 県や県ILC推進協議会などは、戦略の記載内容を前向きな表現だと非常に好意的に受け止めた。しかしそれは独自に翻訳や検証したものではなく、ILCを推進する素粒子物理学者(以下・研究者)のミスリーディングな発表をそのまま引用しただけではないかと感じた。このように、自主性もなく研究者側の意向にそのまま従い、我田引水的なコメントを発表するスタイルは今も続いている。
 日本政府はILCの建設候補地を「東北」「岩手県」「北上山地」だとは言っていない。ましてや「日本に誘致する」とも言っていない。北上山地を候補地に決めたのは、あくまで研究者コミュニティーである。
 文科省が欧米の政府機関と意見交換したところ、特に独仏英は資金提供の意向がないことを明確にした。同省有識者会議は今月、これらの実情を踏まえ「日本誘致を前提とするサイト問題をいったん切り離し、技術課題等をまずは着実に実施するアプローチを展開していくべきだ」とのまとめを公表した。

■ニュースコメントで相次ぐ指摘

 こうした直近の経過を見て、もはやILCの日本誘致は絶望的だと感じた。
 ところが県は2022年度当初予算案で、ILC推進局に2億4030万円を配分し、その中の「ILC推進事業費」に関しては、前年度当初比9.5%増の1億1080万円とした。これにはあきれた。新型コロナウイルス禍で困っている人が多い昨今なのに増額とは、まさにドブにお金を捨てるようなものだと憤慨した。
 今月4日、県ILC推進本部会議が県庁で開かれた。その様子を報じた複数の地元テレビ局のニュースがネット検索サイト「ヤフー!ジャパン」に掲載された。
 「ヤフー!」のニュースの一部には、ネット利用者が意見を書き込めるコメント欄があるようで、その中身を知人が届けてくれた。見ると、投稿者のほとんどが県の姿勢に疑問を投げ掛けている。
 「いいかげん、実現可能性が限りなくゼロに近い夢をヨイショし続けるのはやめたほうがよい」
 「誘致は曲がり角に来ていると認識して、ILC以外の振興策にかじを切る時期に来ているのではないか」
 「ILC出前授業もいかがなものかと思う。科学技術への興味関心を高めるというよりは、子どもを使って特定事業の応援団を作ろうとしているのではないか。一方的な押し付けに等しい」
 およそ20件ぐらいの書き込みがあったが、すべてILC誘致運動の非実現性を指摘するものだった。
 こうした意見があるのに、県は研究者側に立った予算を組み、誘致活動を継続させようとしている。前段で紹介した文科省や欧米の最新動向などは、われわれでも簡単に入手できるような資料。そのようなレベルの情報すら把握していないのか、それとも意図的に無視しているのか――とさえ勘繰ってしまう。何ゆえ、現実を直視して政策を実行しないのか。
 一般市民が日常生活において、根拠がない夢を抱くようなことはある。しかし、県民の税金を使う県の施策ならばエビデンス(証拠)がなくてはならない。ILC誘致を国が正式に決めたとか、欧米が国際協力事業として賛同し費用負担を決めたというような状況が必要であろう。
 県は「研究者が候補地を決めてくれれば、必然的に国も実行してくれる」とでも考えたのかもしれない。しかし、そうはならなかった。県は頭を冷やし、一緒に研究者らに踊らされた周囲の人たちに頭を下げ、振り上げたこぶしを降ろしたらどうか。

■誘致活動は“誰”のため?

 知事は一体“誰”のために2億円以上のお金を使おうとしているのだろうか。前述したネットニュースのコメントには、「裕福でない県が2億円もの予算を使うのであれば、他の政策に回すべきだ。背後に何かあるのではないか」という書き込みもあった。私も同感である。
 理学部のない県立大学では2015年以降、ILC推進母体である高エネルギー加速器研究機構(KEK)の機構長を歴任した研究者が学長を務めている。ILC誘致運動の旗振り役としても活躍しているようだ。
 本県で最も求められているのは、1次産業を活性化させるための農業生命科学や、首都圏から遠く広い県土ゆえの不利条件をカバーするための情報科学である。こうした分野を専門的にリードできる人、あるいは既存学部の分野に精通した人なら納得できる。県にとっては県立大の振興や発展うんぬんより、単純にILC誘致を有利に進めたいがための学長人事だったように感じてならない。
 講演会やセミナー開催における謝礼、国際会議での「おもてなし」なども含め、これまで関係研究者らにどれだけの公費が投じられたのかも不透明だ。

■罪深い出前授業、研究者にも責任

 ILC誘致は研究者をはじめ、被災地復興事業のように特需的な収入を得られる土木建設業者、経済界は歓迎するだろう。だが、つつましく日常生活を送っている一般県民にとっては無駄だ。
 そもそも研究者たちは、国や他分野コミュニティーに働きかけ、理解を得るのが先であったはずだ。しかし自分たちの味方を増やすため、地方自治体の予算を間接的に使い続けている。
 学術研究をすることの意義は素粒子物理学に限らず、どの分野にも等しく言える。その崇高さには敬意を表したいが、だからといって、研究者は何をしても許されるわけではない。ただでさえ失墜している科学への信用にもかかわる。そう考えると、研究者たちの責任も非常に大きい。
 研究者が地方自治体予算を間接的に利用し続けているのに加え、自治体などと連携して学校で行っている出前授業、ILCに特化した研究コンクールなどは最も罪深いことだと言わねばならない。前述のニュースコメントでも指摘されていた。
 科学に関心を持たせるならば、地域の自然に触れたり、化石や岩石の性質を学んでみたりするフィールドワークを実践するなど、既存の施設や環境を生かしたほうがよっぽどよい。
 小中学生や高校生、入学間もない大学生でさえ、専門的知識の土台である教養を身に付けている途中にある。大人の利益追求のために教育現場が使われ、出前授業で聞かされたこととは異なる現状を子どもたちが知れば、マイナスの影響は非常に大きい。無駄を通り越し「害」さえなす。こうした弊害は一刻も早くなくさなければいけない。周囲の教育関係者は早急に気付くべきだ。

■市町村や議会は何をしているのか

 県や研究者側の姿勢を指摘してきたが、一関市や奥州市など市町村おいても同様の構造がある。県や研究者側等の動きに追随して予算を投じ、今後も誘致活動を継続させるようだ。
 一関市においては、JR一ノ関駅東側に広がるNECプラットフォームズ一関事業所跡地を取得し、ILC関連も含めたオフィス施設などを設置しようと躍起になっている。ILC誘致が絶望的なのに、関連オフィスを作ってどうしたいというのだろう。地方自治体の潤沢でない予算を使い、誰に対する政策を進めようとしているのか。
 私たち県民、市民は首長たちや一部利害関係者らの自己満足、利益を中心とするような政策執行に対しては「ノー」の声を上げたい。首長たちには「李下に冠を正さず」の精神で、政策を練ることを望む。
 本来、ILCを巡る動きを監視し当局の姿勢を厳しくただす役割は、県議会や市町村議会が担うべきところだ。しかし議会も一緒になってILC誘致に賛同している手前もあって、問題点を指摘するような見解はあまりない。
 ILC計画が世間に知られるようになり、賛意を示した時とは状況は全く異なる。今月16日に県議会の2月定例会が招集された。会期中には新年度予算の審査がある。首長らと一緒になって研究者らに踊らされるのではなく、冷静になって状況を見つめ、ぜひ「暴走」を食い止めてほしい。

※…千坂氏の名前の漢字表記は、山へんに諺のつくりで「げん」、峰で「ぽう」
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